第四章 フェルトと黒い針⑦
「フェルト、真っ暗になっちゃったね」
「あはは……そうだね」
紙袋を下げながら、フェルトは帰路に着いていた。
おばさんから話をお腹いっぱいされておまけにお土産の針三点セットまで貰っていた。
だが、その身体はどこか軽い。まあ気のせいだろう。
「というか、フェルト。携帯電話鳴ってたよね? 確認したの?」
「ん? そだっけ? 忘れてた」
ポケットから携帯を取り出すとディスプレイには〝メールあり〟の表示がある。
「あっ! スティングくんからのメールだ。も、もしかして愛の告白――?」
「いつも言ってるけど、そんなわけ無いと思うんだけど……」
「も、もうっ! いいの! 信じる者は救われるんだから――すぅ……はぁ……」
深呼吸をし、真ん中のボタンをプッシュする。
「えっと〝フェルトちゃんへ。僕らは調査をしたら順次帰ります。
フェルトちゃんはどうするの。鞄、部室に置きっぱなしだけど、はてな〟
――って何か物足りないと思ったら、鞄が無いっ!」
「ああ、そうなんだ。気が付かなかったよ」
まったく二人共うっかりさんだ。
「と、というか返信しなきゃ! ああ、もうっ! 二時間も前のメールだよっ、これ!」
フェルトは急いで変身(このような打ち間違いをメールの中で何度もしている)をし、
さらに急いで踵を返し学校のほうへと向かう。
急がなければ校舎が締め切られてしまう。
そうなれば明日までの宿題までも学校にお泊りすることになるのだから。
「ダッシュするから、いぬくん、先に帰れる?」
「うん。大丈夫だけど……フェルトは大丈夫?」
「大丈夫だよっ、ママに夕食に遅れるかもって伝えといて」
「あっ! フェルト――」
いぬくんが引き止める間もなく、フェルトは点となる。
「本当に大丈夫かな? 放課後の学校って結構怖いと思うんだけど……」
そんな呟きはフェルトに聞こえるはずは無かった。
ダッシュの甲斐があり、学校はまだ閉まっていなかった。
看守のおじさんに許可を取りフェルトは誰も居ない校舎内へと足を踏み入れる。
その瞬間、鞄を取りに来たという使命感が一気に薄れる。
春先でまだ夜が早い今の時期、すでに窓から指す光はなく、
天井の頼りない蛍光灯の光だけが廊下を薄気味悪く照らし出していた。
目的がなければこんな場所に来たくないフェルトであるが今はどうしようもない。
進むしかないのだ。
今更ながらいぬくんを連れてこなかったことを激しく後悔する。
あのフカフカを抱きしめながらこの廊下を歩ければどのぐらい心強いか……
「よしっ、大丈夫。大丈夫だよ、フェルト! 怖くなんかないんだから!」
一歩一歩決死の覚悟で足を進める。
歩くごとに自分のローファーの固い足音が廊下に響き渡り、
そこに居ないはずの〝誰か〟を連想させる。
出来るだけ前を見て、フェルトは進む――――
そして社会化準備室の前までたどり着く。
出来るだけ静かに部屋の扉を開け、フェルトは中を覗きこむ。
いつも談笑しているはずのその部屋の中も今は静かで暗い。
畳八畳ほどの部屋なのに、そこには無限大の暗闇があるようである。
壁伝いに部屋の明かりのスイッチを入れ、そこにはいつもの部屋が広がり、
その机の上に自分の鞄が無事に存在して少し安心する。
しかし、その安堵も束の間、これからは帰り道という試練がある。
気が重くなるのを感じながら、フェルトは歩き出した。
結局、お化けなど出るはずもなく、フェルトは校門をあっさりとくぐる。
その瞬間にピシャッと門が閉められた。
この様子だとずいぶん管理人さんを待たせてしまったのだろう。
罪悪感と疲労感を覚えながらフェルトは家のほうへと歩き出す。