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第四章 フェルトと黒い針⑥

昼下がりの商店街。フェルトは前、姉に連れて行ってもらった店の前にいる。

看板にはオープンの文字が書かれている。

開いていなかった場合のことを薄々気にしていたが杞憂に過ぎなかったらしい。

戸を引き、店の中へと入る。


「いらっしゃい」

前来た時と同じ調子でカウンターのおばさんはフェルトへ挨拶をする。

軽い会釈をし、向かう先は店の奥だ。


以前と変わらずにショーケースの中にその針はあった。

ガラス越しに手の中の針と見比べをする。

針職人もしくは一流の針師であれば

その外見の違いでも判断は出来るのだろうが、フェルトはまだ見習い、

手で触れることすら出来ないこの条件ではそれが同一な物なのか分からなかった。


「うーん、これって、一緒? 若干違うような……どう思う?」

「ボクは見ることすらできないんだけど……」


いぬくんはピョンピョンと跳ね、ショーケースを覗こうとするがまったくの無駄な努力である。


「とにかく、おばさん呼んでみたら? 手にとって比べられるかも」

「いぬくんにしてはいいアイディアだね。あのーっ。すいませーん!」


フェルトはカウンターのほうへと手を振り、おばさんを呼ぶ。


「ボクだって、そのぐらい考えつくよ……」


主人に対するボヤキを吐きながら、いぬくんは再び、

跳ねてショーケースを覗こうと頑張る。

今度は空中で手足をバタつかせてみる。


その行為が三回ほど繰り返されたところでおばさんがフェルトの前に現れた。


「何か御用かしら?」

「えっと、この針を見たいんですけど」

「ごめんなさいね。これは展示用で売り物じゃないの」


おばさんは柔らかげな口調で告げる。おそらく、フェルトを、

この針を購入しに来た客と勘違いしたのだろう。


「えっと、そうじゃないんですけど――というかお金持ってきてないや……」


このとき、学校に鞄を置いてきてしまったことに初めて気が付く。

あの中には教科書や裁縫道具が入っている。


そういえば明日提出の宿題のプリントも――後で忘れずに取りにいかなければならない。

そう思った。


「ちょっと変わった針なんで見てみたいなぁって思って」

「ふふふ。お嬢ちゃん。この針に目を付けるなんて目が肥えてるねえ」

「そ、そうかなぁ?」

「こんなに黒くてケースに入ってれば、誰だって目が引かれるよ」


失礼なパートナーの横槍を無視し、おばさんはケースを開け、その針を指で摘むように取る。


「この待ち針はね、一昔前の巨匠、ポル=ド=ウォスカに作られた奇作、

 ブラックニードル八型よ。もちろん本物」


「へええ……」


名前を言われてもピンとこないので、とりあえず頷いておくフェルト。


「お嬢ちゃんも針師でしょ? 手にとって見てみなさいよ」

「あっ、はい。どうも」


手を出そうとしたフェルトの動きが止まる。


「これって、呪われたりしないですよね?」


前に来たときのおじさんの記憶が蘇ったのだ。この針は人を殺めているという。


「呪い? あっはっはっ。何言ってるんだい。銘品にそんなこと言ったら罰が当たるよ」

「で、でも、ここに居たおじいさんが……」


笑われたことで顔を赤く染めながらもフェルトはそんな言い訳をする。


「お嬢ちゃんが可愛いから、悪いお客さんが、からかったんだろうね。はい」

「あっ、はい――」


フェルトは針を受け取る。掌にそれが乗っかった瞬間にズシリと重みを感じた。


「重いでしょ? 普通の待ち針とは違って」

「うん。重い……です」

「だから奇作なのよ。ウォスカ作品ってのは。使いやすさを重視しないんだからね。

 まっ、私はそこが気に入っているんだけど」


一口に針職人といえど、作る人によって針の趣旨は変わってくる。

使いやすさを追求するもの、安く手に入れやすい針を作るもの、

そしてこのように何のために使うか分からないような針を作るもの。


「フェルト、どう? 一緒の針?」

「うーん、重さ的にはぜんぜん違うみたいだけど……」


左右の手に針を乗せながら、フェルトは見比べをする。重さの点では違いが分かるが、

長さ、フォルム的には大きな違いが無いように見える。


「どうしたの?」

「えっと、この針と似てる針を見つけたんで、それを調べに来たんですけど」

「ふむふむ。どれどれ」


おばさんはフェルトの手から黒い針を受け取るとルーペでそれをじっくりと調べる。

一瞬で温和な顔が崩れ真剣な顔になる。

やはりこの人もいっぱしの職人なのだと感じるのだ。


「なるほどね……確かに似ているが、別物だね。第一この針はウォスカの作品よりも古いものだし」

「古いってどれぐらい?」

「見たところ、かれこれ五十年前ってところかしらね」

「ご、ごじゅうねん……?」


齢十四の少女にとってはものすごい昔のことだ。それも当然。

五十年前といえばフェルトの両親すら生まれていないのだから。


「じゃあ、別物って思っていいんですか?」

「うん。そうだね。偶然と思うしかないね……私も驚いているが。

 なんせウォスカが公式にブラックニードルを発表したのは

 今から約三十年前であるのだからね。お嬢ちゃん、これをどこで――」


「秘密です!」


話がややこしくなりそうだったので、そう言っておくフェルト。

それにこの針は警察にも届けていない重要な証拠かもしれないのだ。

この針が〝似ているが別物〟それを知っただけで満足なのだから。


少し怪訝そうな顔をしたが、おばさんは深く聞いてくることをしなかった。

だが話は終わらない。


「こんな針を持ち込んでくるなんて、あなた、余程、針が好きなのね?」

「い、いやぁ、そうでもないんですけどぉ……」

「家の方に私の針コレクションがあるんだ。見て行かないかい?」

「え、えっと、でもお店があるんじゃ?」

「大丈夫。今日は閉店さ。どうせ今日はお客さんが来ないだろうし」


そう言っている間にもおばさんは閉店の準備に取り掛かっている。


「ど、どうしよう、いぬくん。変なことになっちゃったんだけど……」

「そうだね、でもあの様子じゃ、断れないよね」


目を輝かせながらおばさんは店の清掃を始めている。その姿は気力満点。

フェルトは蜘蛛の巣に掛かった蝶状態なのだ。

後は喰われる(とはいっても今回は話を聞くだけだろうが)のを待つのみ。


「もうっ、腹括るしかないね。いぬくん、私たちも閉店準備手伝うよ」

「あっ、うん。そうだね――」


閉店準備を含め、話はかれこれ三時間近くにも、のぼり、

フェルトは永延と針についての話をされるのであった。


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