第四章 フェルトと黒い針⑤
「というわけで三人目の被害者、マリアちゃんを連れてきました」
「どうも。こんにちは」
フェルトのテンションに押されながらも少女は先輩たちへと挨拶をする。
レースとスティングは笑顔を見せ、彼女を迎え入れる。
フリルはグリズと共に携帯ゲームに熱中し、
コマチはいつもの無表情でパソコンのキーを打っている。
「ささ、どうぞ座って。汚い部屋ですけど」
「フェルト、喧嘩売ってる?」
その言葉に部屋の主は睨みと厳しい口調で対応。
「そんな訳無いじゃないですかー」
コマチの冷ややかな目線を棒読みの台詞でかわしながら、
彼女は後輩をパイプ椅子に座らせる。
狭い部屋に客人が来たのだ。おまけに今日はフルメンバー出場。
部屋の中はずいぶん賑やかだ。
その雰囲気に押され、孤独な後輩は不安げな顔を見せる。
「何か食べるかな?」
「あっ、ありがとうございます」
スティングから手渡されたクッキーの箱から控えめに一枚もらうマリア。
「あっ、私も食べる」
「どうぞ」
フェルトは無遠慮に一番美味しそうで大きいクッキーを取り出し、
ボリボリと音をたててそれを噛み砕く。
マリアもそれに見習って、口へと運ぶのだ。
「で――――早速で悪いんだけど、みんなにも事件のこと話してくれないかな?」
「あ、はい。分かりました」
二枚目のクッキーに手をつけながら、フェルトは彼女へと指示を出す。
それをスイッチに、コマチはキーを打つのをやめ、語り手の少女のほうに身体を向ける。
フリルとグリズは相変わらずゲームに気を取られているが。
「えっと、あれは雨の日でした。もちろん日にちは先輩たちと同じで……」
彼女は状況を語っていく。新たな情報を手に入れ、手がかりが増えることを期待した。
だが、彼女の話は他の話と大した変わりは無かった。
彼女が襲われたのは同一の路地。
ぬいぐるみが一人になったところを襲われたらしい。
新しいヒントは無いがそれでも場所をマップに書き記したり、状況を整理する一同だ。
「ごめんなさい。お役に立てないみたいで……」
みんなの落胆が伝わったのか、彼女は少し、しょげてしまう。
「あ――――大丈夫だよ。でもこれで現場検証したら本当に手詰まりかぁ……」
ため息を付くフェルト。そんな彼女らを見て、
マリアは必死に事件のヒントになるであろうことをひねり出そうとする。
そんな彼女にあることが浮かんだ。
「あっ、そうだ。先輩! これを見てください!」
彼女は自分の針入れの中からある物を取り出した。
「これって、針?」
「はい、ブレンスさんにペロの中から出てきたって渡されたんです。
でも私のじゃないって言ったら、作る過程で混入してたものかもって
……でももしかしたら襲われた時に入っちゃったのかもって」
「ちょ、ちょっと、その針もう一度見せて!」
「は、はい」
フェルトは慌ててその針を手のひらに乗せ、マジマジと見つめる。
彼女がそんな行為に走ったのは、その針に見覚えがあったからだ。
「こ、これって針専門店にあった針だよね?」
興奮して周りのみんなに問いかけるフェルト。
「本当ですの? 針で同じ種類のものなんて無数に存在しますわ」
「本当だもん! いぬくんも覚えてるよね? 真っ黒な針!」
「うん。確かに似てるね」
「どうでしょう? 飼い主共々、ボケていますから――――」
「もうっ! どうして信じてくれないの、フリル!」
「そりゃここまで振り回されれば嫌にもなりますわ」
フリルはゲームを片手に頬杖をつきながらフェルトのほうを向く。
その眼差しにはやる気などは微塵も感じられない。
「むうっ……いいもん。私一人で確かめてくるから。行こ、いぬくん」
「あっ、フェルト、待って」
他のメンバーが追う暇すら与えずに、フェルトは部屋を飛び出した。