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第四章 フェルトと黒い針③

マリアに連れて行かれたのは普通の一軒家。

自分たちの自宅サイズからするとかなりコンパクトに見える家だ。

だが部屋の中は綺麗に清掃されており、

そこに居る住人の性格を表しているようであった。


リビングのソファーに横にされ、仰向きでひたすら止血を試みるフェルト。

鼻にはテッシュが詰め込まれ、逆流する血の感触が気持ち悪い。

こんなところをスティングに見られたらそれこそ大出血モノだろう。

ここに彼が現れる確率なんて微塵もないのでそこは安心だ。


いぬくんは枕元でフェルトを心配そうに看病する。

いつもは頼りない彼もこういうに居ると頼もしいと感じてしまうのは不思議な現象だ――

そんな空想を広げている間にマリアはリビングへと姿を現す。

どうやら私服に着替えてきたようだ。


「えっと……大丈夫ですか?」

「ああ――うん。だいじょーぶだよ」


見事な鼻声で答えるフェルト。

横にすると鼻血が落ちるので顔の角度は変えず。

だからこそ彼女が今どんな表情をしているかは知らない。

ファーストコンタクトでは黒板消しを投げつけられて、

セカンドコンタクトでは鞄で鼻血を吹かせられた。

そんな彼女だが今言えるのは反省をしているということだろう。

声で分かるのだ。


彼女はソファーの反対側のフローリングに座る。

膝を抱えて体育座りというやつだ。

フェルトには見えてないが横を向いたら角度的に彼女のスカートの中が見えてしまうだろう。

しかしそんなこと、今はどうでも良い。

鼻血が出ていて顔を傾けられないし――

なんと言ってもフェルトは女なのだ。

人のスカートの中など気にしている場合ではない。

もう一度言う、少女のスカートの中のことなど、どうでも良いのだ。


「えっと……何か欲しい物とかありませんか?」


マリアはフェルトを気にしたのか、そんなことを口にする。


「ふぇ? 別に大丈夫だよ」

「そうですか……本当に、ごめんなさい……」


最初の謝罪の言葉。それを聞いてフェルトは確信した。彼女はとても良い子なのだ。


「あのさ……もし良かったら、事件のこと聞かせてくれない?」

「えっ……」


躊躇うかのように少女は顔をしかめる。


「私の友達のパートナーもね……事件に巻き込まれちゃったんだ……

 それで事件について探ってるの。

 ぬいぐるみを傷つけるなんて許せないから……

 あっ、でもでも、嫌なら断ってもいいんだよ」


少し考えたそぶりを見せる彼女だ。沈黙からしても彼女が悩んでいる様子が伺える。


「えっと……先輩……私と一緒に来てくれませんか?」


彼女はそう言うと、床を立ち上がった。そして向かった先は隣の寝室。

マリアの部屋というプレートもあることから、ここが彼女の寝室なのだろう。

ノブを回し部屋の内部がフェルトの視野に飛び込んでくる。


そこは女の子らしい内装の部屋であり、

ベッドやタンス、勉強机とフェルトの部屋にもありそうな物ばかりが部屋の壁側に並んでいる。

そのベッドを覗き込むマリア。その表情は悲痛そのものであった。

いったい何がそこに横たわっているのか、フェルトは想像できなかった。


「ペロ……お客さんだよ……」


彼女はそう静かな声でつぶやくと、フェルトへとその場所を空けた。

当然ながらフェルトはベッドを覗き込む。

そっとだ――そこに居たのはぬいぐるみ。いや、〝居た〟というべきなのだろうか? 

仮にいぬくんがそこに寝ていたのならば〝居た〟という言葉を使っても良いだろう。


けれどもベッドの彼(あるいは彼女)は……動かないのだ。

その状態は〝居る〟というより、〝ある〟と表現したほうが正しいのかもしれない。


「この子……その……〝動くぬいぐるみ〟だよね?」

「そうです……でも、今は、眠っています」


ぬいぐるみも眠る――

しかし、この子の場合はその状態とは違う――

マリアが眠っていると表現したのはおそらく〝壊れている〟と言うのが怖かったからだろう。


「ペロは……ペロは……襲われたんです……たくさんのぬいぐるみに……」

「そうなの……ごめんね……」


自分のパートナーがこんな状態にされた事件を聞き出そうとした

自分がどんな愚考をしていたのか思い知るフェルトだ。言葉さえ出ない。


「私はすぐに針師にペロを治してもらおうとしました……

 けれど、どの針師も……以前の彼に戻ることはできないから諦めろって……」


一度壊れたぬいぐるみを治すことがどれだけ大変なのかは、

見習いの針師ですら心得ている。傷は治せても、その心を再び紡ぐのは難しいのだから――


「でも、私は諦めたくありません……ペロは……

 ほんの数週間だったけれども友達だったんです。私のパートナーだったんです!」


マリアはついに感極まってその目に涙を浮かべる。

彼女が放課後の黒板に描いていた絵を思い出した。

それは小さな犬の姿――ペロそのものであった。

それほど彼女はペロを好きだったのだ。


「マリアちゃん。ペロちゃんを治すことができる人を私は知っているよ。だから泣かないで――」

「ほ、本当ですか?」

「うん。私に任せてよ! その人は世界一の針師なんだから!」


フェルトは彼女の手を取り、強く掴む。

その真っ直ぐな目に曇りはない――その表情と声は彼女を勇気づけ、涙さえも止める――


フェルトは微笑む。鼻にテッシュが詰まったままで格好は付かなかったが――

その笑顔に釣られ一人の少女は微笑むのであった。



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