第四章 フェルトと黒い針①
手がかりの毛、ぬいぐるみたちの移動ルートを見つけたウサ耳会。
創立以来の捜査進行にメンバーの士気は上がっていた。
今日も社会科準備室にはいつもの顔ぶれが集まっていた。
机の上にはタウンマップとフェルトの持ってきた茶菓子、
そしてどこから入手してきたか分からない電動ポットと急須、
それに湯呑人数分が乗っている。
「うーん。やっぱり、かりんとうには日本茶だよねぇ」
ボリボリとかりんとうを頬張りながら、フェルトは話す。
その口の下には食べカスの山が出来ている。
いぬくんを膝に抱えているので、
自動的にその一部が彼の頭に雪のように(とはいっても黒糖かりんとうなので黒いのだが)
降りかかっている。
「はぁ、私は紅茶の方が良かったですわ」
「そうね。私たちはいつもこういうの食べないしね」
といいながらも、フリル、グリズペアは美味しそうにかりんとうを食べている。
食べるメンバーがいれば仕事をするメンバーもいる。
コマチは入念にパソコンで何かを調べている。
備え付けのものなので如何せん良い代物とは呼べるものではない。
彼女曰く〝粗大ゴミ″であるらしい。
その〝粗大ゴミ〟の動作の遅さにイライラしながらもコマチはインターネットの情報を入手していく。
スティング、レースはというと、
ネットで手に入れた情報を印刷するためにパソコン室とこことを何往復もしている。
そういうのが苦手な二人はここでお留守番というわけだ。
「飽きたー。外回り行ってきます」
と宣言し、フェルトは部屋を飛び出す。警官でもないのだからやることは唯一つ。
校内の治安を維持するという名の暇つぶしである。
フェルトは賑やかそうな場所へ向ってその足を伸ばすのだ。
フェルトレーダーがキャッチしたのは二年生教室。
放課後だというのにまだ何人もの生徒が室内で談笑をしている。
「あっ、フェルト先輩」
ある女子生徒がこちらに気が付いて寄ってくる。
おかっぱの可愛らしい子だ。もちろん顔見知りである。
「こんにちはー」
フェルトは笑顔で挨拶。そうすると他の子も警戒せずに挨拶を返してくれた。
「えっと、先輩って事件のこと調べてるって本当ですか?」
「うん――あっ、秘密!」
思いっきり頷いてから否定するフェルトだ。そんな様子を後輩に笑われてしまう。
「そうだ。事件に巻き込まれた、もう一人の子が誰だか分かっちゃいました」
「ええ? 本当?」
「はい。一年生で、昨日から学校に登校してきたらしいんですよ。私の妹情報なんで確かだと――」
「詳しい話を教えて、教えて――」
秘密だとか言いながらもフェルトは懸命に話を聞いてしまう。
何でも一年生の〝マリア〟という女の子が事件に巻き込まれたらしい。
「おっしゃあ! まだ、教室に居るかも! じゃあね。ありがとう!」
「あっ、先輩っ!」
後輩の話を最後まで聞かずにフェルトは走り出してしまった。
「先輩、大丈夫かな? マリアって子のパートナーは――」
フェルトは一年教室へと向う。
行動範囲の広い彼女にとっても入学からまだ数週しか経っていない一年生の所は、
未知の領域に当たる。
さすがは一年教室。廊下はガラリとしている。
ほとんどの人がまっすぐ家に帰るか、部活にでも行っているのだろう。
そんな中を彼女の足音だけが木霊して響き渡るのだ。
半ば諦めかけて、教室を覗いたところで目が留まる。
そこにはまだ生徒が残っていたのだ。
その幼い後姿から彼女が下級生だということは容易に想像できる。
彼女は黒板に向って背伸びで何かを描いていた。
落書き……だろうか? 一人教室で黒板に向かい、
何かを描く少女に何か違和感を感じながらもフェルトは声をかける。
そんなことで人を偏見視する彼女ではないのだから。
「あのー。何してるの?」
「……」
少女は振り向くが、その目をすぐに黒板へと向け、
作業は再開される。そんな行動にフェルトは動じない。
「私ね。三年のフェルトって言うんだ。一年生で〝マリア″って子探してるんだけど、知らないかな?」
「……何か用ですか?」
その子は自分が呼ばれると作業を止め、振り向いた。
今度はしっかりとだ。淡い蒼い長い髪が特徴的な子だ。
その髪と同じ目の色は綺麗だ。
しかし、その瞳の奥には何か吸い込まれそうなほどの深みがあった。
「君がマリアちゃん。良かった――えっと、事件に巻き込まれたって聞いてね。その話を聞こうと思って」
「――」
「えっ?」
彼女は口を開けたようだが、その言葉は小さすぎてフェルトの耳は音を捉えられない。
「帰って……」
また彼女が口を開いた。今度は辛うじで聞こえた。
しかしそれはマイナス――フェルトの質問を否定する言葉。
「えっと、でも――」
「帰って!」
そこに居残ろうとしたフェルトに少女は鋭い眼光を叩きつける。
その迫力にたじろいでしまう。
年齢的には自分の方が全然上なのに、そう思わせるのは彼女の本気の感情が篭っているからだろう。
その声や態度に。
「あはは……じゃあ、アドレスとか電話番号とかあったら教えてもらえないかな?
暇なときに聞きにくるから――」
最大の譲歩と思い、彼女に近づくフェルトだ。しかし、彼女が何かを手に取る。そして――
「うわぁ!」
何の宣言もなく少女はそれをフェルトのほうへと投げる。
軽い音をたて、その飛来物は教室のドアへと当たる。
フェルトの背がもう少し大きいか、彼女のコントロールが良ければ、それは顔に当たっていただろう。
「ちょ、ちょっと、待って!」
それでも近づくフェルトに第二撃が飛んでくる。
「フェルト、危ないよっ!」
「いぬくんガード!」
「ええっ? ぎゃぁ!」
次のチョークをいぬくんを盾にして防ぐ――だが、攻撃の嵐は止まない。
たまったものじゃない――フェルトは一目散にその教室を飛び出した。
それでも彼女が追ってきそうなので一気に階段を上がり、違う教室棟へと逃げ戻るのだ。
「はぁはぁはぁ……何なのよぉ……」
「フェルトが慣れ慣れし過ぎたんじゃない?」
いぬくんは自分のチョークの粉を落としながら不機嫌に呟く。
「えっー? いつもはあんな感じで成功してるよー」
「うん。そうだけど……機嫌が悪かったとか? オヤツが食べられなくて」
「いぬくんじゃないんだから、そんなことは無いと思うけど――」
悩みながら、フェルトは廊下の壁へと背中をつけて身体を休める。
急に走ったので少し心臓が苦しい。
「あー、いたいた。フェルトせんぱーいっ!」
二年の後輩の子が自分に駆け寄ってくる。
「あれっ? どうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ。先輩、最後まで話を聞かずに行っちゃうんですもの」
「あれ? そうだった? ごめん、ごめん」
「それで、さっきのマリアって子なんですけど」
「うん、うん」
「話を聞くときには注意した方がいいですよ。何でもパートナーが重症で、
事件のことを聞くとヒステリックに陥るとか――」
「うん。知ってる。さっき、身を持って体験したから――
そういうことは早く言って欲しかったなぁ」
「先輩が悪いんですからね。話は最後まで聞きましょう」
後輩から諭される羽目になるフェルト。
そんな中でも考えるのは先程の少女のことであった。
あれだけの態度を取るということは余程酷い目にでもあったのだろうか?
フェルトはそんな少女の話を益々聞きたいと思っているのであった。