第三章 急進っ! ウサ耳会①
ウサ耳会創立の次の日の古典の授業。
(ううっ……深夜ドラマを見ていたせいで眠いですわ……)
フリルは、とろんと落ちようとする瞼を懸命に擦り、黒板を睨みつける。
最近、古典の授業は寝っぱなしのフリル。
ノートはグリズに取ってもらっているがこれ以上寝たら、
授業態度で落第をしそうだ。今日は必死で覚醒を保つ。
横のライバルを見る。フェルトは熱心に机に向っている。
(フェルトが寝ていないんですもの。私だって……)
気合いを居れ、フリルは授業という名の睡魔に戦いを挑むのであった。
「ごめん、これフリルに」
フェルトは横の生徒へと四つに折りたたんだ可愛らしいメモ用紙を渡す。
そのメモは生徒の手を伝い、フリルへとたどり着く。
「ん、なんですの?」
渡ってきたメモを疑わしい目で眺める彼女だが、すぐに中身を確認する。
(ウサ耳会のメンバーは今日の放課後、社会科準備室に集合……
こんなこと口頭で言えばいいものを……)
フェルトを睨むフリルだが、帰ってきたのは手紙が届いて満足そうな笑みであった。
彼女は同様に熱心に何かに取り組み始める。またメモを作成しているのだろう。
「では教科書二十七ページを――フェルトさん、読んでください」
「ふえっ?」
調子に乗ったフェルトは先生への警戒を怠ったのだ。
それが仇となり完全に不意を突かれる彼女。
「あわわわわ……」
「フェルト、教科書逆向き!」
いぬくんに注意され、教科書を持ち直す。
この態度で授業を真面目に受けていなかったことはまる分かりだ。
クラスからはクスクスという笑い声が漏れる。
「フェルトさん授業は真面目に受けてください」
「はーい。ごめんなさい……」
平謝りをし、フェルトは席へと座り、すぐに授業は再開される。
再開されたのは授業だけではない。フェルトは懲りずにまたメモを作成し始めた。
(また注意されないかしら……)
「フェルトさんっ!」
「は、はいっ!」
その日、フェルトは古典の授業の怒られ回数を見事更新するのであった。
「はぁ、怒られた、怒られちゃったよ……でも、みんな連絡回ったよね?」
「うん」
みんなは一斉にメモを出す。
「これこそまさに肉を切らせて骨を絶つというやつだぁ!」
腰に手を置き、エッヘンと偉そうに言う。
「口頭で言えば、間に合うのでは?」
「甘いよ。フリル! これだからお嬢様は……」
「むっ……」
フリルはあからさまに不機嫌な態度を取る。
「秘密結社なんだから、大衆の面前で集会の日時を言える訳が無いでしょうがっ!」
「なっ……た、確かにそれは言えてますわ……」
一本取られたと、フリルは眉間に皺を寄せる。
「あはは、秘密結社だったんだ……」
「この感じだと最初からね」
スティングもレースもため息交じりの言葉を漏らす。
「でも……メモ……途中で覗かれてた」
「えっ、本当ですか? コマチ秘書!」
「ばっちり見た」
自分の右目を指差し、見たことを強調するコマチ。
「ど、どうしよう。早速バレちゃったの?」
「消す……?」
コマチは自分のグルーガンを取り出し、メモを開いたらしき人物の方へと向ける。
「ちょ、ちょっと、いくらなんでも消すのはやり過ぎですわ!」
フリルは慌てて、コマチの前へと立ちはだかる。
「冗談……」
コマチはグルーガンをホルダーへとしまう。
「あはは……コマチさん、怖いな……」
スティングは若干引きつった顔で苦笑した。
「えっ。冗談――あははは、そうだよねぇ……まさか消すなんてブッソウなことしないよね」
フェルトは構えていたグルーガンをしまう。
誰にも気づかれないようにそっとだ。
「というか、社会科準備室って、どこですの?」
「私も心当たり無いわね」
「ほら、あそこだよ。二階の廊下の端にある部屋」
「へぇ、開かずの部屋だと思っていましたわ」
二人はその答えに納得する。
二階の西側は特別教室棟となっており普段はほとんど立ち入らないのだ。
知らなくても無理は無い。
「それで何であの部屋なの?」
「それはですねぇ……コマチちゃん!」
「歴史研究会の部員……だから」
「聞いたことがない部活ですわね……」
「うん……同好会……だから」
コマチは少し寂しそうに、そう答える。
「でねぇ、そこの部室を使わせてもらえることになったんだよー」
「へぇ、タダでさえ文化部は使える部屋が少ないのに、部屋一つ得るなんてやるじゃない」
「まあね。部長さんと色々と相談したから」
褒められて有頂天になるフェルト。だがここのみんなは知っている。
フェルトが調子に乗るとろくな事がないということを……
「まさか、その部長って……」
「うん。私……」
コマチは頷いた。
「部員一人だから……副部長も、会計も、書記も――」
「そ、そう。大変なんだ……」
「なんだか分からないけど、部屋を使わせてもらえるんだから、コマチさんには感謝しないとね」
「礼には及ばない……新入部員に親切、勧誘の基本中の基本」
「えっと、新入部員というのは……」
聞き間違えかもしれないのでスティングはもう一度、彼女へと確認する。
「フェルトが言った。〝みんな部活やってないから、
コマチちゃんは部員が増えて幸せ。みんなは部室が使えて幸せ。
みんな幸せで世界は平和になりましたー〟って」
フェルトのいった部分はトーンを上げ、忠実に再現するコマチ。
「つ、つまり、私たちにこの研究会に入れと」
レースは頭を押さえ、コマチとフェルトの方を見る。
「だめかな? 前々からコマチちゃん、部活の人数で悩んでたから」
「助けたい気持ちは分かるけど、僕、部活はちょっと……」
「えーっ! 一緒に部活で青春の汗を流そうよ! スティングくん!」
「あはは……文化部で汗は流れないと思うんだけど……」
「とりあえず、名前だけでも貸してもらえると……ありがたい。
半年後、私、部活引退、次の年に零人だと、廃部。
これだけ人数いれば、後期までに入る人出るかも……」
コマチは軽く頭を下げる。
「私からもお願いっ! コマチちゃんを助けてあげて」
フェルトはコマチ以上に頭を深々と下げる。その様子を見て、レースは折れた。
「はぁ、分かった。人助けも出来て、
活動場所が手に入るのならば名前ぐらい貸してやっていいわ。
第一、ウサ耳会は私が事件に巻き込まれて出来たようなものなんだから」
「ありがとう」
フェルトはレースの手を取り、感謝を述べる。
「委員長が入るなら、僕も言い訳できないね。
活動はできないかもしれないけど……僕も入ってもいいよ」
二人目の牙城を崩した。残るはあと一つ。
「別に、私も入るぐらい構わないですけれども――
なぜ、事件を調査する方向に行ってるのですの?
同意した覚えはありませんわ」
「うーん、流れかな」
「流れね」「流れだね」「流れ……」
「……はあ」
フリルもまた頭を抑えながらも、その流れに乗るのであった。