『#幸福ゲーム』2nd外伝1話完結
それは、あまりにも簡単な仕事だった。
任命を受けたとき、
高梨は一瞬だけ思考を止めた。
国家中枢プロジェクト。
通常であれば、数ヶ月単位の設計と検証を要する案件。
だが提示された内容は、違った。
「実装自体は数時間で完了する」
説明はそれだけだった。
画面に表示される仕様。
シンプルな構造。
過不足のない設計。
そして――
《ノリンを導入する》
それだけのインターフェース。
高梨は、画面を見つめた。
何かがおかしい。
だが、それが何なのか言葉にできない。
難しすぎるのではない。
簡単すぎる。
「質問はあるか」
担当官の声。
高梨は一瞬だけ迷い、首を振った。
「いえ」
本当に、問題はなかった。
任務は明確だった。
各国の中枢機関へ提案を行い、
システム導入を“選択させる”こと。
強制ではない。
あくまで任意。
だがひとつだけ、条件があった。
>>疑念を持たせないこと。
ウイルスと誤解されれば、その時点で失敗。
だからこそ設計は完璧だった。
自然で、合理的で、
そして――
拒否する理由がない。
高梨は、ふとある人物を思い出していた。
大学時代の先輩。
コードネーム――T99。
九十九ためこ。
彼女は、特別だった。
技術者でありながら、
それ以上に“人”を扱うことに長けていた。
相手の言葉の裏を読み、
感情を汲み取り、
決して押しつけることなく、
それでも最終的には協力を引き出す。
非効率で、回りくどくて、
だが確実に関係を築く方法。
高梨は何度も相談を持ちかけたことがある。
そのたびに彼女は、少し考えてから答えた。
>>「それ、本当に相手が納得してる?」
技術とは違う問い。
だが、その意味は重かった。
彼女が異動したと聞いたとき、
高梨は少しだけ違和感を覚えた。
あの人でも解決できない問題があったのか、と。
そして、その直後に自分へ辞令が来た。
タイミングが良すぎる。
だが、その疑問はすぐに消えた。
考える必要はない。
これは、正しい仕事だ。
帰宅すると、部屋の明かりがついていた。
「おかえり」
キッチンから顔を出した婚約者が、笑う。
「今日、遅かったね」
「ああ、ちょっとな」
ネクタイを緩めながら、答える。
「なんかすごい仕事なんでしょ?」
軽い口調。
ニュースで少し話題になっているらしい。
高梨は一瞬だけ言葉を止めた。
「……まあな」
嘘ではない。
だが、説明するほどのことでもない。
「体壊さないでね」
「わかってる」
それだけの会話。
テーブルに並ぶ夕食。
何気ない時間。
これでいい。
そう思った。
翌日。
高梨は端末の前に座っていた。
送信準備は整っている。
各国への提案文。
完璧な文面。
そして、その先にある選択。
《ノリンを導入する》
カーソルが、静かに点滅する。
高梨は、手を止めた。
ほんの一瞬だけ。
あの言葉が、浮かぶ。
>>「それ、本当に相手が納得してる?」
視線が揺れる。
だが、すぐに消える。
これは任意だ。
強制ではない。
彼らが選ぶ。
それだけだ。
高梨は、キーを押した。
送信。
画面の向こうで、誰かがそれを受け取る。
読み、理解し、
そして――
選択する。
《ノリンを導入する》
その瞬間。
何も起きない。
ただ、静かに。
“接続”が始まる。
高梨は、そのログを見つめていた。
完璧な成功。
エラーはない。
問題もない。
すべてが、正しく動いている。
それでも。
ほんのわずかに、何かが引っかかる。
だが、その正体はわからない。
わからないまま。
仕事は、完了した。
それは、あまりにも簡単な仕事だった。
国家という大きな視点から描いた本編に対して、
この外伝では、一人の人間の視点を描いてみました。
正しいことをしているはずなのに、
どこかで感じる違和感。
それに気づくべきだったのか、
それとも気づかない方が幸せだったのか。
その答えは、きっと簡単ではありません。




