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短編集

『#幸福ゲーム』2nd外伝1話完結

掲載日:2026/04/11


それは、あまりにも簡単な仕事だった。

任命を受けたとき、

高梨は一瞬だけ思考を止めた。

国家中枢プロジェクト。


通常であれば、数ヶ月単位の設計と検証を要する案件。

だが提示された内容は、違った。


「実装自体は数時間で完了する」

説明はそれだけだった。


画面に表示される仕様。

シンプルな構造。

過不足のない設計。


そして――


《ノリンを導入する》


それだけのインターフェース。

高梨は、画面を見つめた。

何かがおかしい。

だが、それが何なのか言葉にできない。

難しすぎるのではない。

簡単すぎる。


「質問はあるか」


担当官の声。

高梨は一瞬だけ迷い、首を振った。


「いえ」


本当に、問題はなかった。

任務は明確だった。

各国の中枢機関へ提案を行い、

システム導入を“選択させる”こと。

強制ではない。


あくまで任意。


だがひとつだけ、条件があった。


>>疑念を持たせないこと。


ウイルスと誤解されれば、その時点で失敗。

だからこそ設計は完璧だった。

自然で、合理的で、

そして――

拒否する理由がない。

高梨は、ふとある人物を思い出していた。

大学時代の先輩。

コードネーム――T99。

九十九ためこ。

彼女は、特別だった。

技術者でありながら、

それ以上に“人”を扱うことに長けていた。

相手の言葉の裏を読み、

感情を汲み取り、

決して押しつけることなく、

それでも最終的には協力を引き出す。

非効率で、回りくどくて、

だが確実に関係を築く方法。

高梨は何度も相談を持ちかけたことがある。

そのたびに彼女は、少し考えてから答えた。


>>「それ、本当に相手が納得してる?」


技術とは違う問い。

だが、その意味は重かった。

彼女が異動したと聞いたとき、

高梨は少しだけ違和感を覚えた。

あの人でも解決できない問題があったのか、と。

そして、その直後に自分へ辞令が来た。

タイミングが良すぎる。

だが、その疑問はすぐに消えた。

考える必要はない。

これは、正しい仕事だ。

帰宅すると、部屋の明かりがついていた。

「おかえり」

キッチンから顔を出した婚約者が、笑う。

「今日、遅かったね」

「ああ、ちょっとな」

ネクタイを緩めながら、答える。

「なんかすごい仕事なんでしょ?」

軽い口調。

ニュースで少し話題になっているらしい。

高梨は一瞬だけ言葉を止めた。

「……まあな」

嘘ではない。

だが、説明するほどのことでもない。

「体壊さないでね」

「わかってる」

それだけの会話。

テーブルに並ぶ夕食。

何気ない時間。

これでいい。

そう思った。


翌日。

高梨は端末の前に座っていた。

送信準備は整っている。

各国への提案文。

完璧な文面。

そして、その先にある選択。


《ノリンを導入する》


カーソルが、静かに点滅する。

高梨は、手を止めた。

ほんの一瞬だけ。

あの言葉が、浮かぶ。

>>「それ、本当に相手が納得してる?」

視線が揺れる。

だが、すぐに消える。

これは任意だ。

強制ではない。

彼らが選ぶ。

それだけだ。

高梨は、キーを押した。


送信。


画面の向こうで、誰かがそれを受け取る。

読み、理解し、

そして――

選択する。


《ノリンを導入する》


その瞬間。

何も起きない。

ただ、静かに。

“接続”が始まる。

高梨は、そのログを見つめていた。

完璧な成功。

エラーはない。

問題もない。

すべてが、正しく動いている。


それでも。

ほんのわずかに、何かが引っかかる。


だが、その正体はわからない。

わからないまま。

仕事は、完了した。

それは、あまりにも簡単な仕事だった。



国家という大きな視点から描いた本編に対して、

この外伝では、一人の人間の視点を描いてみました。

正しいことをしているはずなのに、

どこかで感じる違和感。

それに気づくべきだったのか、

それとも気づかない方が幸せだったのか。

その答えは、きっと簡単ではありません。



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