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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

フリルとカチューシャ

掲載日:2026/03/26

レフ・トルストイ氏の『復活』に敬意を表して。


元カノが捕まった。殺人の罪で。

陪審員の席越しに再会した彼女は、ひどく草臥れていた。



カティは純朴な子だった。

真面目で素直で良く働いて、主人の娘である私にも親しくしてくれた。年の近かった私たちはすぐに友人となって……そして、深く深く結ばれた。


カティは私の聖霊だった。


人の内に神は宿る。聖霊は我らと共にある。

なればこそ、私の腕の中で眠る愛しい彼女は、愛で私を導く聖霊の顕現に他ならなかった。



だから私は彼女を汚した。二度と元の関係には戻れないように、強く。

彼女を誰にも渡さないように、深く。


二人で乱れた。愛のままに、欲望のままに、自分の想うがままに。


深く深く、彼女の内側に私の存在を刻み込むように、強く。



それが最初の罪。



私たちの関係が露見してしまってからは、長くはもたなかった。


名家の娘としての立場もあった。

世間体という名の圧力も、父母からの拒絶も、周囲の何もかもが私たちを否定した。

だから私はあの時、カティの差し出した手を取らなかったのだから。



彼女は私の下を去った。その後のことを、私は何も知らない。




「何か、申し開きはあるか」

「ありません」


彼女はどうでもよさそうにそう吐き捨てる。

カティは汚れたまま、私がつけてしまった傷を泥で塗りつぶすように生きて来たのだろう。

そして、その果てがこの結果なのだ。


私は胸が苦しくなった。彼女があんな風になってしまった責任は、私にある。

そう、強く思った。


私がカティを救い出してあげなければならない。この泥にまみれた底の底から、彼女を掬いあげなくちゃならない。

それが彼女の人生の輝きを貶めてしまった私にできる、唯一の償いなのだから。




「久しぶりだねフリル。相も変わらず、綺麗で麗しくて……何の苦労もしていない、傷一つない宝石のような人」

「カティ……ああ!私のカティ!そんな風になってしまって……」


「もう大丈夫。私が貴女をここから出すわ。きっと出してあげる」

「たちの悪い冗談はやめてよ」

「冗談なんかじゃないわ、本当よ。……そうだ!ここを出たら二人で旅に出ましょう。貴女の為なら私、あんな家を出たってかまわないわ」


「何を今さらッ!……今さら、私を求めないでよ。こんな風になっちゃった私を……どうして……」



「もう……全部遅いんだよ、フリル」

「カティ……」


私はカティの為に奔走した。彼女の罪が軽くなるように。恩赦をなんとか貰えるように。


二人でもう一度、歩みだせるように。


何度も何度も彼女の元へと足を運んだ。

それでカティの可愛らしい笑顔が、元の輝きを取り戻すことはなかったけれど。

それでも、時間をかければ……この薄汚い塀の檻から彼女を救い出してあげれば、きっと私のことをもう一度愛してくれる。

また前のように私へ笑いかけてくれる。


きっと、あの頃の輝かしいカティに戻ってくれると、私たちの人生をもう一度はじめからやり直せると、そう思っていた。


でもそれは間違いだった。私はまた間違えた。

いや、最初から間違っていた。



カティはあの塀の中で、私の手の届かない遠くの場所で、自ら輝きを取り戻した。


赤の他人の手によって。

私が知らない、男の手によって。



「貴女を許すよフリル。私のために、たくさんありがとう」


「でも、貴女の施しは受け取れない。私はここで彼と、一緒に犯した罪を償なっていくの」



カティは笑顔でそう言った。

その瞳は、昔のように輝いていた。


カティは取り戻したのだ。自分の中の聖霊を。

どこの馬の骨ともわからない、罪深き男から与えられた愛で。


私がカティに注いでいたはずの愛が、零れ落ちたまま……


彼女は蘇った。


そこには私が立つはずだったのに……

彼女の隣で、彼女の笑顔を受けとるのは私のはずだったのに!


私が彼女を――――



救い出す、はずだったのに。



カティは恩赦を受けなかった。

彼女は再び、あの冷たい壁の向こうへと消えてゆく。


どこか嬉しそうに。軽い足取りで。

それをいつまでも見ていた私は、追い出されるようにノロノロと退室した。


塀の向こう、礼拝場から聞えてくる祈りの声がうるさいほどに私の耳を打つ。



――――私の手から離れるぐらいなら、いっそ赦しなんていらなかった。


彼女を捨てたことを恨まれながら、憎まれながら、あの濁った目でガラス越しに私を睨んでいて欲しかった。

そうすれば、私たちはまだ繋がっていられたのに。この暗い闇の底で、一緒に居られたのに……



カティの瞳に私が写ることはもうない。



あの時、館を去っていく彼女の手を取らなかった、あの瞬間に。

私の中から聖霊は消え去っていたのだ。

それが戻ってくることはもうないのだと、私はここに至ってようやく気が付いた。




「カチューシャかわいやわかれのつらさ


 ひろい野原を とぼとぼと


 独り出て行く あすの旅――――」




どこかから聞こえてくる歌が煩わしい。それはまるで、私の懺悔の声のようだった。


一体、何に懺悔しろというのか。


形式だけの祈りに、果たして何の意味がある。

祈ったところで、誰が私を救ってくれる?



私の唯一の救いは、たった今塀の向こうへと消え去っていったというのに。



はじめから間違っていた。私は最初から間違っていたんだ。

私は幸せの聖霊を、他ならない自分で追い出した。


その罪を贖罪することはもうできない。赦されてしまったから。

その過ちを取り戻すことはもうできない。彼女は聖霊あいを取り戻したから。



私がカティの愛を取り戻すことは……もう、二度とないのだ。



私はその事実を突き付けられたうえで、この塀の外で一人、生きていかなければならない。

これまでと同じ様に。

たった一つ、これまでとは決定的に異なる欠落を抱えたまま……





それがあの時カチューシャを捨てることを選んだ、私への罰なんだろう。




FLILL(よけいなもの)とカチューシャ】 完


3月26日はカチューシャの唄の日です。


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