1-08 大家さん家で夕飯カレー
冷蔵庫のドアに頭を打ち付けたせいか、大家さんの過保護が発動してしまった。
「詩乃ちゃん、カレーの量はいつもと同じくらいで良いですか?」
「う、うん。よく覚えてるね」
「こけると危ないからテーブルまで持って行きますね」
「すぐそこなのに?」
「お茶いれましたよ。熱いから気をつけてくださいね」
「えっ、早っ」
「お野菜もちゃんと食べましょうね。ふだん仕事でちゃんと食べてないでしょう?」
「たしかに社畜の頃は食生活最悪だったけど、異世界でちゃんと食べ……た、食べます」
普通盛りで良いよって言おうと思ったけど、悲しそうな顔をされてしまったので思わず頷く。
大家さんが楽しそうにサラダを山盛りにする光景を、まあお腹空いてるからいっか! と言う目で眺めた。
やろうと思ったことすべてを先回りされてしまい、あっという間に和室のテーブルの上に私と大家さんのぶんのカレーとサラダとお茶が用意された。
むしろここまで来ると介護されているような気分になるけど、今日のところはお世話になろう!
「福神漬けもたくさん食べますよね」
「食べる!」
って、こんもり盛られた福神漬けに喜んでる場合じゃない!
白玉のぶんも用意しなきゃ! と思って振り返ると、すでに尽くし系男子がフェンリルに給餌していた。
「白玉もどうぞ」
大家さんのあまりの手際の良さは、分身したとしか思えない。
前世は忍者か執事だったんじゃないの?
「俺にも福神漬けとやらをくれ! シノが好きってことは、旨いんだろう!?」
大家さん家に犬用のお皿はないので、白玉の器はラーメンどんぶりを使うことになった。
福神漬けがどれかは白玉には教えてないけど、さっき大家さんが私のお皿に福神漬けを盛っていたせいか、白玉のどんぶりに福神漬けがないのに気づいてるし、何なら福神漬けが入った小皿をガン見している。
食い意地センサー、おそるべし。
「白玉はカレー初めてでしょ。まずは福神漬けなしで食べてみて、二杯目の味変にしてみたら?」
「なるほど、味変。ではそれで行こう!」
「白玉もお野菜食べましょう」
大家さんによって、白玉の二つ目のどんぶりにサラダがこんもり盛られた。
「わう!?」
「オカンかな?」
そんなこんなで夕飯の準備が出来たので、私たちは席についた。
「じゃあ食べましょうか」
「待ってましたー!」
目の前にあるのは、ホカホカのご飯の上に温めたカレーをとろ~りかけた、大家さん家のカレー!
にんじん・じゃがいも・玉ねぎ・豚肉と市販ルーを使ったごく一般的な家庭のカレーなんだけど、美味しそう!
美味しくないわけがない!
すずらん荘に帰って来てからずっと私の鼻とお腹を誘惑していたカレーに、やっとありつける~!
「いただきます」
「いただきまーす!」
「いただこう!」
まずはひとくち!
カレースプーンでご飯とカレーを掬って食べる。
「美味しいね〜」
甘やかし上手な大家さんが作るカレーは、甘口に中辛をちょっとだけ足して、さらに隠し味に牛乳を入れて作っていたはず。
優しくてまろやかな甘みの中に、ほんのちょっとで程よいピリッとした辛さがあって、食が進む!
「それは良かったです」
大家さんに美味しいを伝えると彼のにこにこ笑顔が深まるので、私も思わずにこにこしてしまう。
のほほんとカレーを食べている私たちの脇では、白玉が銀色の綺麗な毛並みだった口元を茶色にして吠えた。
「旨い! このドロッとしてるやつ、ピリッとしているのに、ほんのりと甘くて旨いな! おかわり!!」
「早っ!?」
「どうぞ、おかわりです。福神漬けも乗せましたよ」
「早いよ!?」
食べるのもよそうのも、わんこそばかなってレベルで早いよ!? わんこ相手なだけに! フェンリルだけど!
と言うわけで、二匙目に福神漬けを食べる私は、図らずも白玉と同じタイミングで福神漬けを食べることになってしまった。
カレーとご飯と一緒に福神漬けもスプーンで掬って、いただきまーす!
「おいひい~!」
「うまっ! さっきは少し辛かったのに、これがあると甘くなったぞ! 色は辛そうなのにな!」
そうなんだよね。福神漬けの甘じょっぱさが、カレーの辛みと良い感じにマッチ!
らっきょう漬けもカレーに合うけど良いけど、やっぱりカレーには福神漬けだよね!
私の脇では白玉が尻尾をパタパタしている。
一度しかったこともあってか、風圧が起きるほどの勢いはなかった。
よーし、いいこいいこ! ってわしわし撫でたくなるけど、私も白玉もご飯中なので、もふもふするのはまた後で!
「カレー、久しぶり過ぎて涙出そう……」
異世界に飛ばされてから、今まで食べれていたものが食べられなくなるのって、やっぱり寂しかった。
私が作れる限りの料理を作っては寂しさを誤魔化していたけど、でもそれは私の知っている「いつも通り」じゃないわけで……。
だから、向こうで食べることが出来なかったカレーを味わっていると、戻って来れたんだな……って実感がより一層深まっていく。
食事中なのにじんわりと目の端に涙が溜まるのは、仕方ないよね。
……大家さんのカレーもまた久しぶりに食べることが出来るのも、嬉しい。
「……おかわり沢山ありますから、いっぱい食べてくださいね」
「う、うん」
そうは言っても、私がおかわりする前にたぶん白玉に食べ尽くされそうな気がする。
さて。カレーに誘惑され過ぎて忘れかけたサラダも頂きます!
半分に切ってあるプチトマトは甘みがあったので、ドレッシングなしで食べても美味しそう。
なので次は、ゆで卵とレタスをドレッシングに絡めて……!
「んま~!」
「詩乃ちゃんはいつも美味しそうに食べますよね」
しばらくうまうま言いながら食べていたら、先に完食していた大家さんがお茶を飲みながらのんびりと微笑んだ。
「大家さんが作るご飯は、いつも美味しいからね」
「市販のルーやドレッシングを使っただけですよ。それに、味付けは詩乃ちゃんのとそう変わらないと思うんですけどね」
「それでも、誰かが作ってくれたご飯って美味しいじゃない?」
「じゃあまた毎日、ここで美味しいご飯を僕と一緒に食べてくれますか?」
「……へ?」
もしかして、さっき白玉と騒いでいたときの告白、聞かれてた?
どう考えても聞かれていたとしか思えないんだけど、でも出来ることなら聞かれたことを自覚しないで明日を迎えたかった!
「一緒にいたいなって、僕も思っていますから」
え? ちょ? いま? いまそれ言うの??
恥ずかしすぎて、大家さんの顔がまともに見られない。
思わず俯いて、お皿に少しだけ残っているカレーとご飯をまぜまぜしてしまう。
「だから詩乃ちゃん。僕とまた、つ……」
たぶん、「付き合ってください」って言ってくれようとしていたんだと思う。
「旨い! おかわり!!」
だけど、空気を読まない白玉のせいで、大家さんがゴン! とテーブルに頭を打った。
「大家さん!? 大丈夫!?」
「は、はい……大丈夫です……。えっと……おかわりは、もうないんです……。ごめんなさい……」
白玉に邪魔されたのに、面倒を見てあげようとしている大家さん……そこまでせんでも良いのよ……。
「そうか。なら仕方ない。旨かった! 馳走になったぞ!」
「満足してもらえたなら良かったです……」
大家さんの声が沈んでいる……。
最後まで言い切られたらどうしようと身構えてはいたので助かりはしたけど、それはそれとして大家さんがかわいそうに思ってしまう。




