1-07 好き! ふ、福神漬けが!
「お、大家さんは私の番なんだから、傷付けちゃダメ!!」
「……………………」
「……………………」
…………いやちょっと待って? 私、大声で何言ってんの?
恥ずかしすぎるんだけど!?
あと今付き合ってないけど!? 別れたんだけど!?
それに室内が一気に無音になったんだけど!?
誰か! なんか言って!!
白玉! 真顔で私の顔をじっと見つめないでー!
ちょっと! ゆで卵の鍋!! カタカタ音くらい立てて!!
炊飯器もいつもみたいに、フゴー! って水蒸気あげてよ!!
環境音まで変なところで空気読まないで!!
はっずかしい……!!
恥ずかしすぎて、大家さんの顔が見れない……!
「…………分かった。ならば何もしない」
さっきと違う意味でバクバク心臓が鳴る中で、白玉は浮かしていた腰を落とした。
よ、良かった……。
私の恥ずか死ぬ思いは、尊い犠牲で済んだ……。
「しかし、そこまで言うなら付き合えば良いじゃないか」
「え? この話まだ続けるの?」
もうやめようよ? 変な汗が止まらないんだけど?
「あの男はフドーサン業、つまり金持ちなんだろう? お前も良い暮らしが出来るんじゃないのか?」
良い暮らしって言うか、堕落した暮らしまっしぐらな予感しかしないんだけどね。
「金持ちとかの身分で付き合う相手を決めるのはどうなのかなって、私は思うんだよね。白玉の世界の政略結婚でもあるまいし」
「金目的でないのなら、シノは何故オーヤを番にしようと思ったんだ?」
いや、正確には番じゃないから。
さっき説得する勢いで番って言っちゃったけど、夫婦でもなければ、いまは付き合ってないから。
でも別れなくて良いなら、一緒にいたかったな……。
甘やかされて、堕落していきそうな自分が怖かっただけ。
「……尚君が好き。一緒にいたいな、って思ったから。そう言う理由で良いじゃないの」
金持ちだからとか、面倒見てくれるからとか、そういう理由なんかじゃない。
むしろこれ以上甘やかされるわけにはいかないと思ったから、私は大家さんと距離を取ろうと思ったんだから。
やり場の困った思いをぶつけるように白玉を撫でると、もふもふが微妙そうな顔をして首を傾げた。
「……尚君って、誰だ?」
「この流れで大家さん以外の話すると思う?」
「なっ……!? そう言えばシノ、お前ふだん番のことを役職呼びしてるのか!?」
「だ、だっていまは付き合ってないし!」
「しかし、好いているんだろう!?」
「好きだけど、別れたし!!」
「……………………」
「……………………」
………………んっ?
また室内がシーンとしたことに気づいたときには、すでに自分の失言がポロリしたあとだった。
「もうだめだ……恥ずかしぬ……」
「何を恥ずかしがることがあるんだ? 番ならば堂々としていれば良いじゃないか」
「番ならね?!」
いま付き合ってないからね!?
大家さんどう思ってるか分からないからね?
そう言えば大家さん、何してるんだろう。
恥ずかしすぎて顔はまだ見れないので耳を澄ませてみると、コツン、パリパリ……と言う音が鳴り始めるところだった。
「ぱり……? あっ! 大家さん、ゆで卵むいてる!?」
「えっ……と。会話が盛り上がっていたみたいなので、邪魔してはいけないと思ってやっちゃいました……」
「あ、ありがとうございます……」
気遣い男子の反応は気まずそうだった。……これはどう考えても、話聞いていたね?
「やらせて……。なにかやらせて……」
「それじゃあ、冷蔵庫に福神漬けがあるので、お皿に移し替えてもらえますか?」
「福神漬け!」
福神漬け好きなんだけど、一人暮らしだとそんなに食べられないから普段買わないんだよね。
私はいそいそと冷蔵庫に向かう。
「詩乃ちゃん、好きでしょう?」
「うん! 好き!」
って、無邪気に「好き!」なんて言ってる場合じゃなーーい!!
私は頭をゴン! と開く途中だった冷蔵庫のドアに頭を打ち付けた。
いや、福神漬けは好きなんだけど、タイミングがね?
大家さん、策士かな?
「詩乃ちゃん……? 大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶです……」
心はだいじょばない。心臓と汗腺もめちゃくちゃ仕事してると思う。
「今日のシノは面白いな」
結局、私があまりにも挙動不審なので、心配した大家さんが福神漬けの用意まで終えてしまった。
わ、私なにもしてない……!




