1-05 もふもふ探偵白玉の尋問
「で、メシはなんなんだ?」
私たちが立ち上がると、白玉も立ち上がってついてきた。
畳から木製の床へと移動すると、白玉の爪が床に当たってちゃっちゃっちゃっと鳴る音が聞こえてくる。
本当はフェンリルなんだけど、犬っぽくてなんだかほっこりする。
「夕飯はカレーだよね、大家さん」
「かれー?」
「そうです。カレーですよ」
「なんで分かるんだ?」
「美味しそうで良い香りがするでしょう? これってカレーの香りなんだよ」
「ほう。これがカレーの匂いなのか……」
白玉がめっちゃスンスン匂いをかいでる。
フェンリルは嗅覚強そうだけど、このカレーの強い香りって鼻にツーンとこないのかな。
……香りだけでよだれ垂らすくらいには大丈夫そうだから良いか。
「白玉、よだれ垂れてる! ひとの家でよだれ垂らしちゃメッ!」
「はっ! 旨そうな匂いだからな、つい!」
私と白玉のやりとりを、大家さんが温かい目で見つめてる。
これはあれかな? 飼い犬と飼い主が似てるからって微笑ましく思われてるやつかな?
「カレー……そう言えば、向こうにいたときにシノが食べたいって言っていたやつか」
「そうだよ。よく覚えてるね」
「シノが食いたいと思ったものなら、俺も食ってみたいと思ったからな!」
「それなら丁度良かったですね」
向こうの世界ではカレーは存在しなかった。もしかしたら、見落としてただけかもしれないけどね。
さらに私は香辛料からカレーを作るというスキルは備えてなかったので、向こうでカレーを食べることは断念したもののひとつなんだよね。
ターメリックとか使うのは分かるけど、配分を知らないし、失敗すると勿体なかったから挑戦もしなかった。
と言うわけで、カレーを食べるのも久しぶり〜!
今日はちょっぴり、カレー好きな小学生みたいな気分!
白玉に至ってはカレーデビュー日だからね!
そう言えば……と思い、さっきまでいた和室の隣にある台所で、私はふと振り返った。
「なんで白玉まで台所について来てるの? 待ってれば良いのに」
「いやなに、お前たちが気になってな」
白玉がチラッと大家さんを見ているから、まだ少しだけ警戒してるのかな。
なのにご飯は食べたいって、どんだけ食いしん坊なんだ。
「ご飯はまだ炊いてないので、ちょっと待っていてくださいね」
「ちょっと? どのくらいだ? 一瞬で出来ないのか?」
「一時間は待ってね、おじいちゃん」
「おじいちゃんじゃない! 俺はフェンリルの中でもまだ若いんだぞ!!」
「はいはい」
吠える白玉をよそに炊飯器の蓋を開けてみると、中身は空っぽだった。
「大家さん、お米とぐね」
「あっ……。お願いします」
「もちろん。ご馳走になるんだし、それくらいはしないとね」
お米がある場所は前と同じかな。
棚を開けて米びつからお米を計ろうとしたけど、そう言えば何合炊けば足りるんだろう?
白玉って結構食べるんだよねえ。お米は今から炊くからともかく、カレーは本当に足りるのかなあ。
……と思ってカレー鍋を覗き込むと、予想以上に作られてた。たぶん一家族分より多いくらいあるかもしれない。
「……多くない?」
「……どうしましたか?」
さっき使ってた湯のみ茶碗を洗う大家さんが、首を傾げた。
「何人前作ったの?」
「ええっと……」
大家さんがジャジャーン! と取り出したのは、五人前のカレールーの甘口の空箱。
脇には中身の入った中辛の箱もあるけど、確か大家さんは、甘口のルーに中辛をちょっと足して作っているはず。
「考え事してたら、作りすぎちゃいました。だいたい七人前はあると思います」
「ななにんまえ……。大家さん、何人暮らしだっけ?」
聞くまでもないんだけど、思わずツッコミしてしまった。
「ひとりですね……。うっかりしてしまったので、詩乃ちゃんにおすそ分けしたり、三食カレーにしたり、冷凍しようかな……と思っていたんです。なので助かりました」
大家さんは普段しっかりしているけど、たまに見た目通りのおっちょこちょいを発揮する。
苦笑していた大家さんが何かを思い出したように、畳まれた布を戸棚から取り出した。
「あ、そうだ。詩乃ちゃん、はいエプロン。聖女服が濡れちゃいますからね」
そう言えば聖女服着たままだった。
着替えたいところだけど、家に戻っている間に手伝うことなくなっちゃいそうなので、このままエプロンを使わせてもらおう。
「あ、このエプロン。まだ取っておいてくれたんだ。ありが……」
前に大家さん家でお世話になっていたときのエプロンだ。
なんて思いながらエプロンを受け取ろうとしたその時、不意に白玉が鋭い質問を投球してきた。
「なんだ。やっぱりお前たちは番だったのか」
「つがい?」
「んぐッ!?」
「夫婦のことだ」
「……えっ?」
白玉の衝撃発言に、大家さんの目が点になる。
私たちが受け渡しそこねてたエプロンが、はらりと床に落ちた。
「一緒に暮らしてないのか? 喧嘩でもして、別居してたか?」
「な、なんでそう思ったのカナ〜〜?」
「シノがあんまりにもこの家に慣れてるからに決まってるだろう。そんなに狼狽えるってことは、図星だな」
「おっ、幼なじみだからに決まってるでしょ!」
「こっちの世界の人間のことは何も知らないが、幼なじみとはそう言うものなのか?」
そんなの、押しかけ幼なじみか、ラノベの負けヒロインでしか知らない……って思ったけど、幼なじみとは私のことでした。
あれ? つまり私、負けヒロインなの?
異世界で邪神に勝ったけど、負けヒロインなの!?
「シノのエプロンまであるしな。ここに住んでいたのは間違いない。そうだろう」
大家さんから受け取り損ねたエプロンを前足でタシタシと叩く。
もふもふ探偵・白玉の爆誕である。
「そ、そのエプロンが私のだとは限らないじゃない?」
探偵に追い詰められる犯人の気分がするう。
「変な匂いがして分かりにくいが、そのエプロンからはシノの匂いがするぞ」
「ぐう……!」
ちょっと! バックグラウンドのカレーの匂い! もっと仕事して!! 私の匂いをかき消して!!
「えっ。変な匂い? ちゃんと柔軟剤使って洗ったんですけど……」
大家さんが難しい顔をして呟くけど、白玉の言う変な匂いって、柔軟剤のことだと思います……。
あと気になるところ、そこなの?
「それにこの家、オーヤの匂いの他にシノの匂いも色んなところからしてるからな」
「ウワーッ!」
私は頭を抱えた。
私が犯人とか悪役だったら、きっと今頃「おのれ、フェンリルめ!」って叫んでたかもしれない。
「で、どうなんだ?」
尻尾をタシタシするもふもふ探偵に尋問されて、私は大家さんを見つめる。
大家さんも困ったような微笑みを浮かべて、私を見返した。
回答は私に任せる、ってことかなあ……。
私はススス……と横にずれて、大家さんを紹介するポーズを取った。
「……も、元彼です」
フェンリルに元彼紹介するのって、なかなかないシチュエーションだし、なんだかはっずかしいな〜〜!?!




