1-04 得体の知れない男のメシなんか…食えるぞ!!(手のひらくるり)
「なんで大家さん家でお世話になりたくないの?」
まるで小さい子どもに言い聞かせてるみたいな台詞をフェンリルに言うことになるとは思わなかったよ?
「得体の知れない男と一緒に暮らせるか!」
「得体の知れない……って言っても、大家さんはどう見ても無害で普通の男の子だよ?」
「見た目と中身を同一視するなと、いつも言っているだろう! そんなだから騙されやすいんだ!」
「騙され……って、詩乃ちゃん、異世界でどんな生活してたんですか……」
心配そうな眼差しを向ける大家さんから目を背けつつ、モニョモニョ呟く。
「えーっとそれは……」
貴重だと言われて買おうと思った調味料が、実はその辺りではありふれたものだったり? だって他の地域では高かったんだもん。その地域の相場、知らなかったし……。
お守りの効果があると言われたブローチが、なんの効力もないアイテムだったり? だってその時、魔力とかよく分かんなかったし……。
お財布持ってないとのたまうインテリナルシスト残念エルフに、屋台の串焼きを奢らされたり? エルフって、草食じゃないんかい! ってツッコミする心の余裕はなかった。
騙される系は、買う前にパーティーメンバーから止められたけどね! ありがたやー!!
それはともかく、言わない方が幸! ということで、ぐるりと室内を一周見回したあと、私は無理やり話を進めた。
「とにかく、大家さんは私の幼なじみでもあるし、一緒にいて安心できる男ナンバーワンなことは、私が保証するよ! 見た目関係なくね!」
大家な彼とこんなにフレンドリーに話してる理由は、私と大家さんの幼なじみな関係性によるものだったりする。
ちなみに大家さんの本名は、大谷 尚哉。オオヤじゃなくて、オオタニね。略すとオーヤには、たしかになる。
彼の丁寧語は昔から。
私が幼なじみの彼のことを、今では大家さんと呼んでいる理由は……。うん、今は思い出さなくて良いかな。
「僕、褒められてると思って良いんですかね……」
私の台詞に、大家さんが微妙な顔をしている。
「シノ! 俺の契約者はお前だろ! 俺を見捨てる気か! 俺はお前から離れないからな!」
そう言って私の聖女服を噛むし、前足でも服を踏まれた。
テーブルの下が掘りごたつじゃなかったら、足を踏まれてしびしびしていたかもしれない……恐ろしいわ。
「そのこころは?」
「シノといれば旨いメシが食える!」
ドヤ顔しておいて、言ってることはただの食いしん坊だった。
「メシと言えば……何やら旨そうな匂いがするな」
そうなんだよね。実はすずらん荘に戻ってきてから、すごくお腹が空く香りがする。
そう、カレーの香りがね!!
感動の大家さんとの再会のときも、外まで香りが漂っていたんだよね!!
「夕飯を準備していたんですよ」
「大家さん、ついさっきまでアパートの前を掃除してなかったっけ?」
「誰かさんが帰って来そうな予感がしたので、待つついでにお掃除していたんですよ」
誰かさんって、どう考えても私だよねえ。
自惚れとかそんなんじゃなくて、今住民が私しかいないからなんだけども。
「すごい勘が冴えてるね……」
「ここのところ会ってなかったから、お帰りが言えたら良いなって思っていたんです。ちょうどよかった」
微笑む大家さんとは真逆に、白玉の目がギラついた。
これは……! 獲物を狙う獣の顔だ!
「ほう。夕飯……良い響きだ。つまりメシだな」
すくっと立ち上がって、匂いの元を探り始めようとしている。
「ちょっと、白玉。大家さんのこと拒絶しておいて、ご飯はちゃっかりもらおうなんて考えてないよね?」
「ぎくっ」
ぎくって、神獣なだけに素直だな〜!
獣だから、食欲に忠実って言ったほうが良い?
「それに大家さんの夕飯取っちゃったら、大家さんが食べるご飯がなくなっちゃうじゃない」
「作りすぎちゃったので、きっと大丈夫ですよ。……ただ、フェンリルって人間のご飯を食べられるんですか?」
「俺はなんでも食えるぞ! なにせ神獣だからな!」
「神獣を便利キーワードにしないで! 神秘性が薄れる! 私が作った料理を食べてたくらいだから、好きはあるけど嫌いはなさそうだよ」
「向こうの人間の味付け、俺はイマイチ好かないが、シノのメシは別だ」
「僕の料理の味付けは口に合いそうですかね?」
「うーん。私と大家さんの味付けってだいたい似てるし、大丈夫じゃないかな?」
「ならば俺は馳走になる……いや、この家で世話になるぞ! オーヤ!」
「急に手のひらひっくり返したー!?」
「旨いメシを作る人間に、悪いやつはいない!」
「まだ食べてないのに、美味しいかどう判断してるの! まあ実際のところ、美味しいんだけどね」
「詩乃ちゃん、あんまりハードルあげないでください……」
ワクワクする白玉の瞳に、大家さんが苦笑している。
「ハードルなんてあげてないよ。私は大家さんの作るご飯好きだからね」
私も久しぶりに食べたいなあ、なんて思いながら大家さんが作ったご飯の味を思い出す。
向こうでの体感時間は五、六年。プラスアルファこっちの時間軸でも結構久しぶりになるし……。
うーん、じゅるり。おっと、思い出していたらよだれが……。
大家さんは目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「せっかくなので、詩乃ちゃんも一緒にご飯食べていきませんか?」
「えっ、いいの?」
「もちろん。異世界帰りで疲れたでしょう? うちでゆっくり休んでいってくださいね」
にこにこ笑顔の大家さんを見てると、ずるずると甘やかされそうになってしまう。
ううう、いけないいけない。あんまり大家さんにちいると、だらだらした人間になってしまう!
でも今日だけは、異世界で頑張ったご褒美があったって良いよね?
「じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな。ごちそうになります」
「はい」
お世話になるのが恥ずかしいのでちょっと俯き気味に言うと、声をちゃんと拾ってくれた大家さんが優しく返事をしてくれた。
「よし、ではメシにするか!」
テーブルの前にちょこんとお座りして尻尾をぶんぶん振る白玉。
いつもよりちんまいので可愛い犬に見えるけど、尻尾の風圧で壁にかかってた五月のカレンダーがバッサバッサめくれてる。
「白玉、ご飯の前なのにお行儀が悪いよ。普通の犬っぽくしてないと、本気で送り返すからね! 尻尾もおすわり!」
「……それだけは勘弁だわん」
白玉の尻尾がしゅーんとへこんだけど、相変わらず「わん」は余計なんなだなあ。




