2-11 復縁彼氏、退職代行します
和室の掛け時計の秒針がチクタクと妙に響く中、テーブルの周りに私と尚君と白玉とでトライアングルな位置に座って、目の前のスマホを凝視している。
ちなみにみんなが爆発物を見るように眺めているのは、私のスマホです。
「……」
「……」
「……くぁぁ……」
白玉は緩くあくびをしているけど、私と尚君の顔は強張っている。
私はともかく、なんで尚君まで?
さて。
どうしてこんな状況になっているのかと言うと……。
尚君のおかげで、連休中は穏やかかつまったりとしていた時間を過ごすことが出来て、私はだいぶ心身共に落ち着いてきた。
けれども、連休明けとなる平日の五月七日に、とあることに気付いた。
「会社に連絡しないといけないな……」
急だけど退職させてくださいって連絡を、しなければいけない。
だけど、行くだけでも辛かったのに、職場のひとと連絡を取らないといけないと思うと、余計に気が重い……。
朝食を終えて和室でスマホを片手にじーっと固まっていたところ、尚君が問いかけて来た。
「もしかして、会社に連絡するんですか?」
「あ、う、うん……。連絡しようかな……って思っていたんだけど……」
電話帳で弊社名を見るだけで心臓がバクバクしてくる。
数日前に吹っ切れたと思ったけど、そうでもなかったらしい。
「……そんなに辛かったら、退職代行しましょうか?」
「う、うーん……でも……」
世の中そういうサービスがあるのは知ってるけど、彼氏に頼むのはどうかと思う。
「それじゃあお昼頃まで待って、向こうから連絡がなかったら僕が電話をかけます。それで良いですか?」
「そこまでしてもらうのも……と思うし、それなら私からちゃんと連絡したほうが……」
それに退職するしないを置いておくとしても、連絡しないままだと、さすがに無断欠勤になってしまう。
「……そんなに手が震えてるのに、ちゃんと通話できますか?」
「…………あっ」
心配そうにする尚君に言われるまで気づかなかったけど、スマホを持つ私の手が震えていた。
「…………じゃあ、お願いしても……良いですか?」
「もちろんです」
……というやりとりをしたあと、緊張した午前を過ごした。
尚君が予想した通り、そのまま何も音沙汰がなかったので、現在時刻はお昼過ぎに至っている。
……私が仕事を止めてしまって迷惑になっているかと思ったけど、実際はいなくても気にならない存在だったのかな……。
「会社から電話来るのかなあ……」
「……たぶん来ると思いますよ」
「その自信はどこから?」
「なんとなく、です」
そんな風に話をした直後、スマホが鳴った。
ディスプレイには会社の名前が書いてある。
「あっ……」
意を決して手を伸ばそうとしたけど、やっぱり震えていて、手からスマホが滑り落ちた。
意図せず尚君の前に滑って行ったスマホを、彼が手に取って言った。
「約束通り、僕が出ますね」
「……う、うん」
『もしもし、高原さん!?』
尚君が電話に出ると同時に、電話の向こうから金切り声が響く。
高原は私の苗字。
『あなた、なんで仕事休んでるの!?』
あまりの大声に、それまで眠そうにしていた白玉が起き上がって、私のほうにすり寄ってきた。
『足手まといで普段いても邪魔になるんだから、連休中に仕事終わらせておいてって言ったじゃない! なのに任せた作業全然終わってないし、今朝も来てない! 何様のつもり!? 結局何を任せても役立たずじゃない!』
耳を塞ぎたくなるような台詞に思わずビクッとすると、白玉が尻尾で背中をさすってくれた。
……何も言わないけど、慰めてくれてるのかな。
ぐっと堪えて尚君が持つスマホを見つめていると、彼の口から力強くて真っ直ぐな台詞が聞こえてきた。
「御社にとって高原詩乃さんが役立たずなら、仕事辞めさせてもらいますね。彼女を必要としている場所がありますので、ちょうど良かったです」
『えっ? はっ? あんた誰!?』
「……退職代行のようなものです」
尚君が彼氏だと名乗らないのは、変に私の隙を相手に突かれないように気を使ってくれているのかもしれない。
「彼女は精神的に疲れていて、電話に出られない状態です」
『はあ!? どういうこと!?』
「連日の残業に、会社への宿泊、休日出勤、過剰な業務によって、彼女は疲弊しています」
『だってそれは、高原の仕事が遅くて役立たずだからに決まってるじゃないッ!!』
「それにあなたの台詞を聞く限り、パワハラも受けているんじゃありませんか」
『そんなわけないでしょ!? なにを根拠にそんな……!』
「この電話は録画させてもらっていますので、しかるべき場に提出させてもらっても構いませんけど?」
『ッ!! 高原ひとりいないくらい、たいしたことないわ! 勝手に退職でもなんでもしなさいよ!』
ブツッ。と一方的に切れた電話と、尚君の堂々とした佇まいに、私は唖然としていた。
「……と言うわけで。退職代行ミッション、成功しました」
「…………成功したのかな?」
一方的に切られたので、いまいち実感がない。
「いまのひとは同僚ですか? ああいう酷いひとって本当に存在するんですね……」
「ううん、直属の上司。だから都合の良い感じに、人事部に伝えそう……」
「大丈夫ですよ。証拠音声ありますからね。あとでちゃんと連絡して、うやむやにされないようにしましょう」
「尚君、意外にやり手だね」
「一応、不動産業もやってますからね。言いがかり付けられることも、ごくまれにあるので……」
苦笑しながらスマホをちゃぶ台に置く尚君に、私は微笑んで言った。
「……おつかれさま。それに、ありがとう」
「どういたしまして」
私はもしかしたら涙目になっていたかもしれないけど、尚君は微笑み返してくれた。
気分転換しようと提案した尚君が、台所にお茶を取りに行く。
ふーっと深い溜め息をついていると、白玉が前足でゆさゆさと膝を揺すって言った。
「悪者は撃退できたのか!?」
上司の声は私たちにも聞こえていたけど、白玉は完全に悪者扱いしている。
私にとっても良い人ではなかったから、苦笑しながら頷いた。
「そうだね。尚君が追い払ってくれたからね」
「良かったな、シノ!」
「うん……!」
ふたり分のお茶をちゃぶ台に置く尚君に、私はふと問いかけた。
「ところで、上司に言ってた『私を必要としている場所』ってどこ?」
「もちろん、ここですよ」
えっ、それってまさか……お嫁さんとして必要ってこと……!?
復縁したばかりなのに、話が早くない!?
私がおろおろし始めていると、大家さんが苦笑して言った。
「事務作業をちょっと手伝ってほしいんです」
「てつ、だい?」
「もちろん、お給料は出しますよ。ただ仕事量は少ないないので、おこずかいを溜めるなら、商店街でバイトを探した方が……って、詩乃ちゃん? どうしました?」
あまりの自分の勘違いに、思わずスンッと真顔になってしまった。
「……なんでもありません。ぜひ手伝わせてください」
「はい、よろしくおねがいします」
にこにこ嬉しそうに微笑む尚君に、ああ……尚君がいる場所に帰ってこれて本当に良かったな、と私は実感した。
ご覧いただき、ありがとうございます!
お話はまだ続きます!
次は夏!
そして3章に入ります。
…んが、3-01~08までは執筆完了しているのですが、そのプロローグにあたる3-00…つまりこの話の次の話がまだ書けていません。
(先延ばし戦法…!)
つきましては、次回の更新に少しお日にち頂きます…!




