2-07 一緒の帰り道
私たちは歩いて帰ることにした。
よく見ると、白玉がヘルメットを被っている。
「このヘルメット、なおく……大家さんが自転車乗るときに使ってるやつだよね?」
「せっかくオーヤ呼びをやめたのに、また元に戻すのか! お前ら番だろう!!」
「だ、だってなんか意識すると恥ずかしいし!!」
「はあ? 前は呼んでたんだろう?」
「僕はどちら呼びでも良いですけど、尚君って呼んでもらえると……なんだかくすぐったい気持ちになりますね。それに……嬉しいです」
大家さんもとい、尚君が照れながら言うので、私まで恥ずかしくなってしまう。
「ピャー! なんか恥ずかしいからナシ! ナシ!!」
「なぜだ……」
「残念です……」
「もう! なんで白玉まで残念がるの」
心から残念そうにしている男衆を前していると、申し訳なくなってくる。
可哀そうなので、私は思わずもごもごと尚君の名前を呟いた。
「な、尚君……」
「! はい!」
「良かったな、オーヤ!」
めちゃくちゃ嬉しそうな微笑みを向けて来るので、眩しく思えてくる。
私は観念して大家さん呼びをやめることにした。
「そ、それで話を戻すと、もしかして……ンンッ。尚君、白玉に乗って来たの?」
それでもやっぱり、こそばゆいなぁ。
「はい。乗せてもらいました」
「シノの緊急事態だって言うからな、仕方なくだ!」
通りで、追いかけて来たときの尚君に白銀の後光がさしてると思ったよ。
あれは白玉の毛が太陽の光で反射してたんだね。
「ちゃんと認識阻害と偽装の魔法をかけておいたぞ!」
「バイクに見えるようにお願いしました。機体名は、ズィルバーン・ヴォルフです」
「シノの名付けと違って、格好良い名前だな!」
「ドイツ語で銀の狼って意味だよね……? そのまんますぎるよ」
ヤバい。白玉の存在に感化されてか、尚君に秘められていた厨二病が解放されてしまった。
「そう言えば白玉って、爆速スピードで疾走しなかった?」
「安全運転でお願いしました。一般道の最高時速六十キロです」
「どうやって計ったの……」
「感覚値ですかね。あっ、商店街の中ではズィルバーン・ヴォルフから降りて走りましたよ」
尚君の妙に丁寧なところは、急いでいるときも変わりがないようだった。
「商店街はひとが多いな。スピードを出すとふっ飛ばしそうだ!」
「ひとに怪我させちゃったらだめだよ? 強制送還するからね?」
「くぅ〜ん……。まだ美味いもの食べ尽くしてないワン」
悲しげに鳴いて哀れな犬を演出して帰宅ならぬ帰還拒否をしてみせてるけど、白玉よ、どんだけ食べ尽くすつもりなんだ……。
気持ちが持ち直してくると、行きのときに目に入らなかったお店が気になってくる。
あの商品懐かしいな〜とか、お店まだあったんだなあ〜とか思いながら歩いている。
私が異世界にいるあいだに現代日本での時間は進んでないみたいだから、懐かしいもないし、様子が変わるはずもない。
でも私の体感ではおよそ五年経ってるから、懐かしく感じるんだよね。
「あっ、尚君! プリン買って帰ろう! おやつに食べよう!」
私が目をつけたのは、卵屋さんの濃厚プリン!
生卵のほかに、卵かけご飯用のお醤油とか、温泉卵とか、卵を使ったお菓子とかも売っているお店の人気商品!
「久しぶりに食べたくなっちゃった!」
「プリンはシノが向こうでも作った、プルンプルンなやつだろう。俺は他のものが食ってみたいんだが……」
「ふふーん! そう言うと思った! でも安心なされ! このお店のプリンはね〜。固めでチーズケーキみたいに濃厚だから、私が作ったプルンプルンなのとは違うんだよ〜!」
「なんだと!? それなら絶対に食わねばならないな!!」
「でしょ? 昨日と今日のご飯のお世話になったし、私がお金出すね!」
バッグからお財布を出してお店に入ろうとすると、尚君から悲しみを伴う声が聞こえてきた。
「……詩乃ちゃん、おやつで出費して大丈夫ですか? 会社……やめるんですよね?」
「うぐっ……」
チーン。詩乃さん、本日二度目の撃沈である。
実は残業や休日手当も出ないブラックな会社だったので、あんなに働いたのに残念ながらお金はあんまり貯まっていない。
お店の前で地に膝をついていると、白玉が私の膝をゆさゆさと前足で揺すり始めた。
「シノ、金ないのか?」
「いまはまだアルよ。近いうちになくなるアル」
「お、俺のメシ代は足りるんだろうな!?」
「…………どうだろう?」
「わおお~~ん!!」
私と白玉がたまご屋さんの店先で騒いでいると、何故か尚君が店内から自動ドアを開けて出て来た。
「プリン、ちょうどラス3でしたよ。ギリギリ間に合って良かったですね」
「えっ?」
「オーヤ、いつの間に……?」
のほほーんと笑顔でレジ袋を提げている尚君を前に、私も白玉も目が点になっている。
いや待って、尚君いつ店内に入ったの!?
「せっかくなので、朝採れ卵も買ってきました。今夜は卵かけご飯にしましょうか。あ、でもおやつにプリン食べるから、卵かぶりしちゃいますか。明日の方が良いですかね」
「えっ、あの、尚君お金……」
「払いましたよ?」
「私が払おうと思っていたんだけど……」
「そこは持っているひとが出すべきです。こう見えて僕は収入多いですし、持ってるだけで使わないのも良くないですからね」
尚君にしては珍しくマウントっぽく聞こえる発言だけど、控え目に言うと私が遠慮すると思ったのかもしれない。
「詩乃ちゃん、養わせてくれるって言ったじゃないですか」
「ん?! 言ってないよ!?」
「家事を分け合おうって話はしましたよね。僕がお代を払う代わりに、詩乃ちゃんは僕が至らないところを手伝ってください」
前世執事か忍者っぽそうな尚君に、至らないところなんてあるんだろうか……。
「だから、気にしちゃだめですよ?」
「うっ、うん」
でも恋人関係にしては図々しいよねえ……なんて顔をしていたら、尚君が察してくれた。
「何か思う事ありましたか?」
「……恋人なのに、なんだか夫婦みたいな発言だなあと思って……」
「…………あっ、そ、そうですね」
ど、どうしたの、尚君!?
あんなに押せ押せだったのに、なんでいまの台詞で恥ずかしがるかな!?
私まで恥ずかしくなるんだけど……!
いたたまれなくなったのか、尚君が思い出したように言った。
「そ、そうだ! 白玉のリードも買わないといけませんね」
「そう言えば、いまの白玉って何に見えるようにしてるの? バイクじゃないよね?」
「犬だが?」
キョトンと首を傾げる白玉に、私たちは慌て始めた。
「パッと見、放し飼い状態じゃん!!」
「通りですれ違うひとが白玉を遠目で見てると思いました! いますぐリードを買いに行きましょう!」
卵屋さんセットを私に渡して、尚君が白玉を抱える。
私たちは商店街のペットショップに駆け込んだワン。
「ちなみに、俺の言葉は犬の鳴き声に聞こえるようにしたぞ!」
私は意図せず、ノーリードの犬に慰められてひとりで会話をするおもしれえ女になってしまっていたらしい……。




