1-01 ただいま、大家さん!
大学生入学前に暮らし始めてから住み慣れたはずの二階建てアパート『すずらん荘』を、私はぼんやりと見上げた。
「帰って来た……。戻って来れたんだ……!」
体感的には五・六年はここを離れて旅立っていた感覚があるし、長い間家に帰ってなかった気もする。
でもきっと、こっちの時間に換算したら、私が異世界に召喚されてからひと月もしてないんだろうね。
その証拠に、アパートの前に咲く見慣れたすずらんが、旅立つ前と変わらずにおかえりと囁いてくれるように穏やかに揺れているし。
子どもの頃から変わらない夕焼けのメロディをバックミュージックにアパートを掃き掃除中の青年の姿も、最後に見た記憶にある彼の姿そのまま。
彼の掛けているメガネは前に見た黒縁のままで、横から伺える顔にも皺はない。
季節が過ぎ去っていなければ、日もまたそれほど経っていないんだろう。
本当に、帰って来れたんだ……。
安心のあまりに感極まって涙ぐみそうになったけれども、グッと堪えて大家さんに声をかけた。
「ただいま、大家さん!」
切なくなるほどに淡い金色の夕焼けを背に浴びていた彼は、手を止めて私に夕暮れの太陽みたいに優しく微笑んでくれた。
「お帰りなさい、詩乃ちゃん」
一瞬だけ眼鏡の先に見える眼差しがちょっぴり寂しそうで、でもすごく嬉しそうに見えたのは、久しぶりに彼の笑顔を見ることが出来て嬉しくなった私の願望かな。
彼は、大谷 尚哉。私の二つ年上の二十七歳で、独身。このアパートの大家さん。
幼い頃からの付き合いのある幼なじみで……私の元……ううん、いまの彼は私にとっては仲の良い大家さん。
いつもほんわかしているマイペースな男性。天然そうに見えるけど、意外にしっかり者で頼りがいがあって面倒見が良い。……と言うか、良すぎる。
彼の笑顔を見ると、帰ってこれたことを実感出来て、すごく安心する。
いつも通りの「お帰り」がこんなに安心するなんて思わなくて、ついつい顔がふにゃっと崩れてしまう。
不思議とじんわりと心に嬉しさも広がっていって、これまであった色んな出来事を大家さんに話したくて仕方がない。
「今日は帰りが早いですね。最近会社に泊まりだったんでしょう? いつか倒れちゃうんじゃないかって、心配していたんですよ」
言われてみれば、あっちの世界に呼ばれる前は連日会社に宿泊するのが常の社畜人生だった!
「いつもこのくらいの時間に帰れたら良いですね」
「う、うん」
でも、ついさっきまでは仕事じゃなくて、別の世界にいたなんて言い出せず、なんて答えたら良いか分からずに曖昧に笑ってみせた。
やばい、私こっちに戻ってきてから変顔しかしてない気がする……。
でも、無事に戻って来ることが出来て、本当に良かった。
異世界で聖女としての役目を終えた私、高原 詩乃は、現代日本に戻ってきたことで、ようやく平穏な日常を取り戻すことが出来そう!
「ところで……」
大家さんはチラッと私の隣を見つめると、申し訳なさそうな表情をして言った。
「詩乃ちゃん、うちのアパートはペット禁止ですよ?」
「えっ?」
ペット? そんなの飼ってないけど? もしかして私が居ないうちに、動物が部屋に侵入したの!? と思って彼の視線を追うと、私よりちょっと背が高くてどデカい妙にツヤツヤした銀の毛並みの狼っぽいもふもふが隣にデデーン! と鎮座していた。
「俺はペットじゃない!」
「へぁ??」
予想外の存在に、変な声出ちゃった!
「誇り高き神獣、フェンリルだ!」
大家さんが目を丸くして超大型もふもふを見ているけど、私も何がなんだかよく分からないよ??
だって……!
「白玉!? 何でついて来ちゃったのっーー!?!?」
異世界に聖女として召喚されて戻ってきたけど、向こうの世界で一緒だったフェンリルも何故かついて来ちゃったよ!
いやほんと、なんでなの??




