2-01 灰色の世界・アッシュアリア
ふと気付くと、私は地面に寝そべっていた。
見上げる雲の向こう側には、灰色ばかりが広がっている。
「……ここ、アッシュアリアだ」
私が知るもうひとつの異世界、アッシュアリア。
誰がそう呼び始めたのかは知らないけど、たぶん昼間の空が灰色だからかもしれない。
その影響なのか、この世界は日中でも少し薄暗い。
アッシュアリアは、日本で眠ったときにたまに見る夢の世界。
私が聖女として別の世界に召喚されたときには、アッシュアリアに来ることは一回もなかった。
小さな頃は、剣や魔法や魔物も出てくるファンタジーなだけの夢だと思っていたんだけど、空が灰色の世界の夢を大家さんに話したところ、彼も見たことがあるらしい。
夢にしては不思議な出来事なので、私たちはアッシュアリアを夢ではなく、異世界扱いしている。
異世界から帰ってきた私の話を大家さんが信じてくれたのは、こっちの世界の話もしていたからかな。
「詩乃?」
ふと、灰色の空が大家さんの顔に変わった。
……と言う表現は正しくなくて。
正確には、大家さんに似た顔立ちの青年が、地面に仰向けになった私の顔を覗き込んでる。
「おかえり」
「た、ただいま? スラッシュ?」
スラッシュは、こっちの世界での私の家の居候。
見た目は大家さんに似てるけど、灰の髪に金の目で、メガネをかけていない。
大家さんの2Pカラーって言われても納得するそっくり具合だけど、雰囲気や性格が全然違う。
大家さんはなんというかこう……本人に言っちゃ悪いけどオカン体質で、表情も雰囲気も穏やかで優しい。
反対にスラッシュは、なんとなく人を寄せ付けないような一匹狼感がある。
現実の詩乃とアッシュアリアの詩乃が私なように、大家さんのアッシュアリアでの姿がスラッシュなのかも、と思った時期はあった。
だけど、大家さんはスラッシュのことを知らないみたい。
スラッシュは、いわゆる訳アリ男子。
魔力を膨大に秘めていて、とある集落で恐れられた挙げ句に迫害されていたらしい。恐ろしがるのにいじめるって、妙に器用な人たちだよね。
小さかった頃に道で倒れていたところを助けたところ、行く場所がないと言うのでそのままこっちの世界の私の家に住んでいる。
出会った当初は弱々しかったけど、今では凄腕魔法使いに成長している。
現実世界の私と大家さんの関係と、まるで逆な状態だった!
「いつまで私の顔見てるの? 顔近すぎるんだけど?」
スラッシュはなんというかこう……他人と距離を取るわりに、私との距離感に手加減がない。普段から妙に懐かれてるし。
それと、いつまで顔を覗き込んでる気なんだろう?
大家さんに似ているので、妙にくすぐった気持ちになるんですけど?
「詩乃がずっと寝っ転がっているから、観察してるだけだ」
「顔が近すぎて、起き上がると頭突きしそうなんですう」
「しょうがないな」
スラッシュが上体を起こして半歩下がってくれたので、私も起き上がろうとする。
何気なく差し出された彼の右手を取ると、勢いよく引き寄せられて抱きしめられた。
「わわっ!?」
「……やっと会えた、詩乃」
異世界に行ってからはおよそ五、六年のブランクがあるけど、現代日本に戻ってきて時間はそう経ってないのはわかった。
だからアッシュアリアでも同じく、せいぜい私が会社に泊まってた数日程度、ここに来るまでに間が空いたくらいなんだろうな。
「大げさじゃない? 会えなかったのって、せいぜい数日でしょ?」
「そんなことはない」
苦しくない程度にぎゅーぎゅー抱きしめられたので、私はポンポンとスラッシュの背中を叩いた。
「……なんか不安なことでもあったの?」
「……なんでもない」
なんでもないにしては、今日は特にスキンシップが激しいね!?
こういうところが、顔は似てるのに大家さんとは違って弟っぽいなって実感する。
「そろそろ離して欲しいんだけどな?」
「離すものか。俺は、もう二度と……詩乃を失いたくないんだ……」
「二度とって……」
大げさな。そう言おうと思っていたところ、スラッシュが思いもよらないことを口にした。
「待っているだけなんて、もういやだ。俺の手が届かないところで詩乃が危険な目にあって、いなくなるなんてこと、もう二度と……」
私が別の世界に召喚されていたことは、スラッシュには話してなかったはず。
だけど、この口ぶりだと、何らかの不思議現象で知ったのかな?
「詩乃はずっと、アッシュアリアにいればいいんだ。ここでなら、お前を守ってやれる」
スラッシュがそこまで私を心配してくれるのは、とても嬉しい。
だけど、私が帰りたいと思う場所は、ここじゃない。
現実世界の、大家さんのいる場所だから……。
いくら大家さんに似ているとしても、スラッシュは別人。
それに……。
「私は守ってもらうほど弱くはないよ」
かといって、強いわけでもないけど。でも、囲われて守られるほどの存在なんかじゃない。
スラッシュの胸をぐいっと押しのけると、傷ついた顔をしていた。
「だが詩乃は、一度……!」
「あ……れ?」
スラッシュがもう一度私に縋りつこうとした瞬間、私は急に身体に力が入らなくなってしまった。
それに、意識が何かに引っ張られる気がする。
これは……アッシュアリアの夢から覚めるときの感覚だ。
「ごめん、スラッシュ。今日はもう覚めそう」
「詩乃! 待て、行くな! 詩――」
大家さんにそっくりな顔で泣きそうに手を差し伸べられたけれども、私はその手を握り締めることは出来なくて……。
アッシュアリアでの私の意識はそのまま、ブラックアウトしていった。




