1-11 お邪魔します…じゃなくて、ただいま!
「ふー。びっくりした」
なんでこっちの世界に戻ってきてまで、不思議現象に遭遇しちゃうんだか。
溜め息をつくと、部屋で聖女の衣装を脱いで、ラフなTシャツとズボンに着替える。
「……おつとめご苦労さま、聖女さま」
ポンポンと服を叩いて、異世界での旅路をいたわる。
それにしても聖女服どうしよう。
捨てるのもなんだし、かと言って取っておいて誰かに見つかったらコスプレ趣味ありと思われそうだし。
……まあ、休日に洗濯してから考えますか!
「休日と言えば、今日は何日だろう」
異世界に行っていた体感が長かったから、戻ってきた日にちが良く分からない。
私が来たのは別の世界からだけど、過去か未来からやってきた人間が「今日は何年何月何日ですか!?」と道行くひとに聞きたくなるシチュエーションを、いままさしく体感している。
バッグから取り出したスマホには、五月四日の日曜日と表示されていた。
ついでに明日の天気も確認しようと思ったけど、スマホが圏外で通信できない。
「電波よ、届け〜!」
はい! スマホを片手に空をバタバタ仰ぐ、電波収集音頭〜!
なんて踊っているうちに通信出来るようになったので、明日の天気をチェック!
「ええっと、明日五月四日の天気は晴れ……と。……ん、四日?」
ついさっき、今日が五月四日だって確認したはずだけど?
そう思ってスマホのホーム画面の日付を再確認すると、五月三日の土曜日と表示されていた。
「あれ? バッグと一緒に魔法で転送された影響で表示がバグったのかなあ」
いまの日付が正しいとなると、明日は日曜日。そして五月四日と言えばみどりの日! 祝日……なんだけども。
「……そう言えば、ゴールデンウィークだけど出社しなきゃなんだっけ。出社どころか会社に泊まっていたけど。勤労することを感謝するゴールデンワーク……ふふ……」
普通の感覚で言えば連休中だけど、社畜の感覚では出社日。
悲しい現実に、思わず乾いた笑いが出る。
「はあ。せっかくこっちの世界に戻ってきたのに、のんびりする間もなく明日仕事に行かなくちゃいけないのかあ……」
休みだったら大家さんと一緒に、白玉のお散歩出来たら楽しかっただろうなあ……なんて夢想してみた。
「会社に行きたくないなあ……」
働きたくないんじゃなくて、仕事に行きたくない。ただそれだけ。
それだけのことなのに、なぜか仕事に行くことを考えると手が震えて来る。
上司に叱られて、一緒に作業している仲間にも足手まといだと言われて、休日出勤してまで頑張っていたけれども、働いても働いても仕事は終わらなかった。
心身ともに疲弊していた中で、私は異世界に呼び出されたけど……。
異世界に行く前に私がどんな仕事をしていたのかは、もうほとんど覚えていなかった。
向こうで充実した五・六年を過ごしていたのもあると思うけど、ブラック企業で働いていたことを思い出したくない気持ちもある。
そんな会社に、また明日から行かないといけないのか……。
「やだ……なあ……」
会社に行くことを考えると、何故か胸がズキズキする。
明日になったら、白玉に抱き着いて「やだやだ絶対に会社に行きたくない」とか言っているかもしれない。
結局行くはめにはなるんだろうけど、直前までは思いっきりもふもふさせてもらおう。
……さて。
気を取り直して、着替えとか諸々の簡易的なものを持ったので、いざ大家さん家に突撃!
ピンポーンと大家さん家のインターホンを押すと、にこにこ笑顔の大家さんと、もふもふな白玉が出迎えてくれた。
「遅いぞシノ!」
「女の子の準備は時間がかかるの。お邪魔しまーす」
「お邪魔じゃなくて、ただいま、ですよ。詩乃ちゃん」
「ん。ただいま……」
「本当に……おかえりなさい」
大家さんが私の手をぎゅっと握って、泣きそうな笑みを見せた。
彼がどうしてそんな顔をするのか、私にはよく分からなかった。
もしかしたら、私は異世界から帰ってこれなかった可能性もあったかもしれない。
こうして無事に帰ってこれたから、安心してくれたのかな。
もしまた異世界に行くことになってしまったら……そして、帰ってこれなくなってしまったら……そう思うとぞっとする。
だからこそ、私は大家さんとの時間をもっと大切にしようと思って、手を握り返した。
おかえりなさいの言葉は、なんだかくすぐったくて、ちょっと恥ずかしくって……でも、温かい気持ちになれて、大家さんのそばが一番安心する。
やっぱり……別れなければ良かったかもしれない、なんて自分に都合のいいことを考えてしまった。
今更よりを戻したいって言ったら、大家さんはなんて言うんだろう。
優しい彼のことだから、ニコニコと微笑んで受け入れてくれそうな気もするけど……。
でも嫌だって言われたらと思うと、いまの関係のままで良いかな……なんて思ってしまう。




