エルフ内部で議論発生
評議室の空気は、いつもの静寂とは違っていた。
円卓を囲む長老たちは、サガをめぐる報告を前に、互いに顔色を探り合っている。
「禁域の近くで倒れていた……外来者か。」
年嵩の長老グレンが眉根を寄せた。保守的で慎重、変化を嫌うことで知られる。
若い改革派の長老シーラは、すぐに反論した。
「外来者であれ何であれ、保護した以上は丁寧に扱うべきよ。
それに禁域の影響があったのなら、なおさら調査が必要でしょう。」
その言葉に、現実主義派のヴォルンが低く笑う。
「調査は必要だ。だが……扱いを誤れば、里の均衡が崩れる。
一人の未知の来訪者のために、どれだけの資源を割くつもりだ?」
視線がレティアに向く。
彼女は背筋を伸ばしたまま、しかしほんの少しだけ拳を握りしめた。
「……保護した際、敵意は確認できませんでした。」
「確認できない、か。」
グレンが皮肉を含んだ声を投げた。
「若い者の判断が甘いことは、これまでもあった。
禁域に近づけた異常個体かもしれぬのだぞ。」
「待ってください!」
レティアは一歩前に出た。
「異常“かもしれない”だけです。判断する材料も足りていない。
だからこそ隔離のまま観察すべきで――」
シーラが彼女の肩に手を置き、庇うように言った。
「レティアの判断は妥当よ。恐怖で過剰反応しても意味がないわ。」
「恐怖ではない、慎重さだ。」
ヴォルンが言葉を切り捨てるように返した。
「まして――その者に“角”があったという報告もある。」
空気がわずかに動く。
角。
ミストラの芽――ユグラドシルの巫女だけに宿るとされる神話の徴。
だが長老たちはすぐにその言葉を否定するように口を開いた。
「ありえん。」
「人間に芽が出るはずがない。」
「誤認だ。そうでなければ理屈が通らぬ。」
ただ、否定の強さそのものが、動揺の深さを物語っていた。
スヴェルがようやく口を開き、場が静まる。
その声には、森の根のような重さがあった。
「――まずは本人を連れてこよう。
見て、聞いて、それから判断する。
推測で争うのは、愚かだ。」
サガが呼び込まれる。
部屋に入ってきた少年を見て、長老たちは一斉に表情を曖昧にした。
角は確かにある。
だが、芽と断定するにはどこか違う。
それでも、ただの人間というには異質すぎる。
グレンが言った。
「……お前は、どこから来た。」
サガは言葉をうまく紡げず、ほんの少し遅れて答える。
「……わからない。」
その曖昧さが、長老たちの疑念をさらに濃くする。
シーラが小さく息を吐き、スヴェルへ視線を向けた。
「判断は……難しいわね。」
ヴォルンが椅子を鳴らし、立ち上がる。
「異常個体という認識だけは確かだ。
今は隔離を続け、逐次報告を。
レティア、お前の担当は続行だ。」
レティアは静かに頭を下げたが、こめかみの横で髪が微かに震えた。
会議室を出る瞬間、サガは何も理解できないまま、
ただ、胸の奥にわずかな冷気だけを抱えていた。
――この里で、自分は“何”として見られているのだろう。
その問いだけが、言葉にならないまま残った。




