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エル・ヴィデレ・ルーメンティス

自室に戻ると、シュルヴァンがすでにいた。


窓辺に腰を下ろし、いつものように柔らかく微笑んでいる。

逃げ場はない、と二人は同時に悟った。


「おかえりなさい。今日はここまで……と思った?ふふふ」


そのまま夜まで、滞りを流す作業が続いた。

倒れはしない。だが、終わる頃には服は汗で重くなり、息をするだけで体力が削られていく。



翌日。


サイラ、ラドゥ、イレナに連れられて辿り着いたのは、

スカイランナー(鳥)たちが棲む崖の一角だった。


崖の途中から、大河ナハへと落ち込む支流の滝。

轟音が腹の奥まで叩き込み、

白い水煙が呼吸を濡らす。


近づくだけで、身体の芯がざわつく。


周囲の木々には、鳥たちが止まっていた。

羽を休めているようでいて、完全には休んでいない。

視線とも気配ともつかないものが、こちらに触れてくる。


「……見に来てるわね」


イレナが、息をひそめるように言った。


サイラは振り返らずに言う。


「鳥と組めたからって、すぐ飛べるわけじゃない」


ピコが喉を鳴らす。


「じゃあ……何を?」


「感じる」

短く、サイラ。


「この星のマナを」


ラドゥが続ける。


「それが出来ないうちは、鳥に乗る資格もない」


「……感じる?」


ピコの声が少し掠れる。


「慣れてないうちは呪文を使う」

ラドゥは当然のように言った。


「え、呪文あるの!?今まで聞いてないけど……」


「そんなことも知らないのか」

ラドゥの眉がわずかに動く。

「森の外、人間領から来たんじゃないのか?」


ピコと甲州は、言葉を失って顔を見合わせた。


サイラが小さく息を吐く。


「まあいい。人間がここに立ってる時点で、普通じゃないんだ」


イレナが静かに補足する。


「本来なら、人間は森の中の濃いのマナに触れただけで壊れるわ」


その言葉が、滝音に溶けた。


サイラは滝へ向き直る。


「呪文は――エル・ヴィデレ・ルーメンティス」


滝の音を裂くように、はっきりと。


「“見る”ための言葉だ。、真の目を、開く」


そう言って、サイラは滝の中へ踏み出した。


一歩。


二歩。


水が、全身を叩きつける。

姿は一瞬で白に飲まれた。


「……死なないよな?」


甲州の声が、音に負けて消える。


滝の中で、サイラは立ち止まった。



水は落ち続け、

身体を砕くように打ちつける。


それでも、サイラは動かない。


「エル・ヴィデレ・ルーメンティス」


――その瞬間。


空気が、反転した。


バサッ、と。

木々から鳥が飛び立つ音が重なる。


サイラの声が、低く続いた。


「……アニマ・ソラリス・ヴェーラ」


滝が、割れた。


音が、ずれる。


水は止まらない。

落ちている。

だが――そこに、当たらない。


流れそのものが、

“サイラの存在を避けている”。


中央に立つ彼の足元だけ、

濡れた岩肌が露わになる。


ピコの喉が鳴る。


止めたんじゃない。

避けたんでもない。


滝の中にある“地図”を、

書き換えたみたいだった。


鳥たちが、低く鳴いた。


サイラは、滝の中からこちらを見た。


「自分が水を浴びてると思うな」


一拍。


「流れの中に、たまたま自分が含まれてるだけ」


ラドゥが、滝音に重ねて言う。


「まずは、そこまで行け。割るのは、その先だ」


サイラがそこから離れると、滝は、何事もなかったように元に戻った。


ピコと甲州は、

しばらく一言も出せずに立ち尽くしていた。


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