閑話「外来者についての、あれこれ」
訓練のあと。
第一戦線部隊の面々は、大樹の根元にある見張り小屋で休憩していた。
外から見れば穏やかだが、実際は皆がざわついている。
フィオレンが椅子に腰掛け、木杯を口に運びながら笑う。
「いや〜……やっべえな、あの外来者。
あんな衰弱してるくせに、あの受け方。普通の人間じゃねえよ」
ミュレルはカップを机に叩く。
「フィオレン、また挑発してたでしょ。
レティアの前でよくやれるわね」
「だって面白ぇじゃん。
あの子、動きだけなら素人じゃないぜ?」
ミュレルはため息。
「構えが変だったわよ。
あれ、人間の武術? 初めて見た」
リアンが壁に寄りかかったまま呟く。
「……あれは“受ける構え”。
攻撃より、まず防御を最優先する型だ」
フィオレンが目を丸くする。
「なんだよリアン、詳しいじゃん」
「旅の者から昔、学んだ。
だが……あの外来者のは、もっと静かで、迷いがなかった」
ミュレルは眉をひそめた。
「気づいた?
木刀当てても、あんまり痛がってなかった」
フィオレンが身を乗り出す。
「だから言ったろ? おかしいんだよ、あいつ」
リアンの目だけが冷静だった。
「……違う。“おかしい”ではない」
「何かに守られていた」
室内が静まった。
「守られて……?」
ミュレルが聞き返す。
リアンは視線をテーブルの木目に落とす。
「ミストラではない。
あんな滑らかさでは流れない。
もっと……濃くて、荒い。
“膜”みたいな層を一瞬見たんだ」
フィオレンが鼻で笑う。
「なんだよそれ、巫女の加護か?
エルダの伝説じゃあるまいし」
「違う」
リアンは首を振る。
「“あれはこの森の流れじゃない”。
もっと、外から来た……別の何かだ」
ミュレルがぞくっとして肩を震わせた。
「……ねえ。
森の外来者で“角”を持ってたよね?」
フィオレンも少し真顔になる。
「あれさ……ミストラの芽に似てねえか?」
リアンは短く答えた。
「似ている。だが“同じではない”。
ミストラの芽は、あんな風に“光の流れ”を持たない」
三人の間に妙な沈黙が落ちる。
風の音が、耳に痛いほどだった。
ミュレルが、ぽつり。
「じゃあ……あれ、何?」
リアンは言葉を選んだ。
できれば言いたくはなかった。
「……外の神話で聞いたことがある。
“世界の外から落ちてきた星の子は、
神樹の側で再び目覚める”って」
フィオレンが眉をひそめる。
「なにそれ。子供の昔話だろ?」
「そうだ。
だが――伝承は、根拠のない嘘とは限らない」
ミュレルがレティアの名を出す。
「レティアは……どう思ってるんだろうね」
フィオレンが肩をすくめる。
「さあ。あいつ口数少ねえからなぁ。
でも、サガって言ったか……
あの子のこと、めちゃくちゃ気にしてたよな」
リアンが目を細める。
「……レティアは、勘が鋭い。
彼女が距離を取っているのは、
“危険だからじゃなく、正体が読めないから”」
フィオレンが木杯を軽く回しながら言う。
「まあ……あの子が何者でも構わねえよ。
俺たちの仕事は“森を守ること”だ。
敵なら斬る、味方なら守る。
ただ、それだけだろ」
ミュレルが即座に言い返す。
「敵か味方かなんて、簡単に決めちゃダメでしょ!」
フィオレンは笑う。
「決めてねえよ。“まだ”な!」
リアンは窓の外を見た。
森の奥で、レティアとサガが並んで歩いていくのが見える。
「……どちらにせよ、近いうちに“答え”が出る」
彼のその言葉が、静かな予言のように響いた。




