森の稽古場にて
サガは木陰に立ち、監視役のレティアに連れられて訓練場へ足を踏み入れた。
黄緑の光が差し込み、空気がわずかに振動している。エルフ達の身体からこぼれる“風のようなミストラ”が、場全体をうっすらと流れているせいだ。
「気晴らしで……見ているだけでいい」
レティアは淡々と言ったが、その横顔はいつもより硬い。
訓練場の奥から若いエルフ達がこちらを見る。
フィオレンがニヤッと笑う。
「おいレティア、今日の仕事は“外来者のお守り”か?」
ミュレルが肘で小突く。
「やめなよ。レティアが怒る」
リアンは無言。だが観察する目が鋭い。
レティアは表情を動かさず答える。
「この者は……まだ体調が万全ではない。手を出さないように」
「“手を出すな”って言われると、試したくなるんだよなぁ」
フィオレンは木刀を肩に乗せ、サガに近づく。
サガはレティアの後ろで立ち止まる。だが、どこか落ち着いているようにも見えた。
フィオレンが木刀をくるりと回す。
「お前、武器は握れるか? ただ立ってるだけじゃ、森じゃ生き残れないぜ」
サガは小さく息を吸い――
ゆっくり、**剣道の“中段”**の構えに入った。
フィオレンの眉が跳ねる。
「……なにそれ。妙な構えだな」
リアンが静かに言う。
「いや。無駄がない。……変だ」
ミュレルは首をかしげる。
「人間の構えじゃないよね」
レティアだけが、サガの足運びと体軸を見て固まった。
(この子……こんな衰弱した身体で、どこであんな基礎を?)
フィオレンが軽く踏み込み、木刀を振り下ろす。
バシッ。
乾いた音。
サガは受けた。
ただ、それだけ。
木刀は腕を強く打ったはずなのに、サガの表情はほとんど変わらない。
しかし――
サガ自身は足元がふらつき、呼吸が荒くなった。
「っ……!」
レティアが前に出ようとするが、サガが手を上げて制した。
フィオレンは目を丸くする。
「痛くねぇのか? 今の」
「……わからない」
サガは正直に言う。
リアンが低く呟く。
「普通。骨折れてない…?」
ミュレルが周囲を見回す。
「ちょっと。レティア、本当に大丈夫なの? この子」
レティアは短く答えた。
「……わからない。もうやめて。」
フィオレンは笑う。
「――なら、もう一撃だけ」
レティアの目が鋭く光る。
「やめて」
だが、その警告より早くフィオレンは踏み込んだ。
サガは反射的に木刀を構え――
腕が重く震えた。
身体の奥で、微かに何かが膨らむような感覚。
サガの動きは遅い。
しかしその瞬間、彼の身体の周囲の空気が――
ふっと、わずかに揺れた。
フィオレンの木刀がサガの肩に当たる。
衝撃はあったが、致命的な痛みはこない。
(……守られた?)
サガは自分の肩に手を当てる。
レティアだけが、サガのまわりに“薄膜”のような揺らぎを一瞬見た。
サガはその後、膝をついて息を整えた。
完全にやられている。
だが、“傷ついていない”。
ミュレルが呆れたように言う。
「……どういう体なのよ、あなた」
フィオレンは笑って木刀を後ろに回した。
「面白ぇじゃん。外来者」
リアンはじっとサガの角を見ていた。
ほんの僅かに、眼差しに畏れが混ざる。
レティアは一歩前に出て、静かに言った。
「今日はここまで。……サガ、行こう」
彼女の声には、訓練場の誰も知らない緊張が含まれていた。
サガは立ち上がり、ふらつきながらレティアの後に続いた。
訓練場の空気は、まだざわついたままだった。




