グエェ
道具屋の主人が店の奥へ駆け込んでから、
すでに2時間が過ぎていた。
ピコと甲州、そしてベラは、
置き去りにされたまま静かに待つしかない。
リザードマンの道具屋は、見慣れない物ばかりだった。
鱗の模様が彫られた工具や、
水に沈めると光る石版、
管楽器のようであり武器のようでもある物まで並んでいる。
「うわ……これ絶対触ると怒られるやつだろ」
甲州が小声で言った。
「触らないでください」
ベラは即答した。
「いや、まだ触ってねぇだろ……」
そんなやりとりをしていると、
外から低い鳴き声が響いた。
「グエェ……グエェ……」
ピコが眉を上げる。
甲州が店先を覗く。
「……デカい鴨?」
「車輪ついてる。乗り物……なのか?」
リザードマン領で高貴なな運搬獣──
鴨車 が、
店の前に止まったのだ。
その車から降り立った二人の影が、
道具屋の扉を開ける。
先に入ったのは、
濃い青の短髪に、鋭い印象の青年── ラドゥ。
水脈のような静かな気配をまとい、
目だけが鋭く光っていた。
その後ろに続くのは、
銀砂のような髪を束ねた女性── イレナ。
どこか冷たい美しさがあり、
歩くだけで店の空気が澄んでいくようだった。
ラドゥとイレナが姿を見せる。
店主は地面に頭をこすりつけそうな勢いで礼をした。
ラドゥはそのまま、
カウンター奥に立つベラへ視線を向けた。
「品物を確認したい」
ベラは微動だにしない。
「確認の後、こちらはどうなりますか?」
ラドゥのまぶたがわずかに動く。
「状況を把握するだけだ。
あなた方の行動を縛るつもりはない」
「では、鑑定が私たちに不利に働く可能性は?」
イレナが静かに口を開く。
「価値があるなら、正しく扱うだけです」
ベラは淡々と返す。
「旅の途中です。
条件に合わなければ、この街はすぐに発ちます」
ラドゥは表情を変えずに一歩近づいた。
「本物なら……
シャーマン様の確認が必要だ」
「必要かどうかは、まず私たちが決めます」
道具屋の店主だけが、
椅子の上で目を見開いて様子を見ている。
イレナが小さなため息を落とした。
「分かりました。
あなたの目の前で確認しましょう。
そのうえで水脈院へ」
ベラはわずかに頷いた。
ラドゥとイレナの言葉に、
ベラは静かにバッグを開いた。
掌にすっぽり収まるほどの、
淡い光を帯びた結晶──
ユグラドシルで採れた実。
室内の空気が、いっせいに張りつめる。
ベラは無言で、それを布の上に置いた。
ラドゥが膝を折り、
イレナが横から光を確かめる。
二人とも、表情は動かさない。
……が。
ほんの一瞬、
ラドゥの喉が ごくり と鳴った。
イレナの指先が、
触れないように止まったまま、わずかに震えた。
ベラが静かに問う。
「確認は以上で?」
イレナが、
深呼吸で動揺を押し込めた声で答える。
「……はい。
確かに“確認”はできました」
ラドゥは立ち上がり、
あくまで平静をまとった口調を装う。
「ただ……これは、
我々の判断だけで扱える物ではありません」
ベラは淡々と眼差しを返す。
「シャーマンの判断、ですか」
ラドゥはゆっくり首を縦に振った。
「同行いただければ、
こちらも最大限の礼を尽くします。
……あなた方のご都合を損なうような真似はしない」
ベラはわずかに頷いた。
「……案内を」
ラドゥとイレナは静かに身を翻す。
扉が開き、
外の光が差し込む。
ラドゥとイレナが扉へ向かおうとした瞬間、
イレナがふと動きを止め、振り返った。
店主へ向けて丁寧に一礼する。
「今回の紹介──正規記録に載せます。
後日、紹介料が水脈院の名で送付されます」
店主は“ひっ”と声をのみこんで、
背筋を正した。
「い、いえ! とんでもございません……!
水脈院相手に……身に余る光栄でございます……!」
ラドゥも簡潔に言葉を添える。
「あなたの判断は正しい。
都市のために助かった」
店主は胸を押さえながら頭を下げる。
「は、ははぁ……!
まさか水脈院様のお役に立てる日が来るとは……!」
二人の高弟が外へ出ていくと、
店主はカウンターにもたれて深く息を吐いた。
外では鴨車が「グェッ」と控えめに鳴いている。
ベラたちはその音に導かれるように、
高弟の後へ続いて歩き出す。
向かう先は──
スィル=ハイムの中心、水脈院。




