「……水脈が動き出しましたね」
水脈院の最奥へ向かう回廊は、
川底の光が反射するように、淡い緑の揺らぎを壁へ映していた。
その静寂を破り、ラドゥとイレナは足音を忍ばせながら急ぐ。
扉の前へ立った瞬間、
内部の空気がわずかに動いた気がした。
呼吸に似た、しかし水のように重い気配。
二人が入室すると、
シュルヴァンはすでに深い瞑想から目を開いていた。
「……きましたか」
その声音は、
まるで“ずっと知っていた”かのように落ち着いている。
イレナが思わず声を荒げた。
「分かるのですか!!」
ラドゥも続く。
「ただ事ではない物が持ち込まれたらしく!」
しかしシュルヴァンは、
落ち着き払ったまま軽く首を振った。
「物が重要ではありません。
……“変化”が起こった事が重要なのです」
室内を満たす水脈の気配が、
ほんのわずかに揺れた。
イレナは思わず胸の前で手を組む。
「さすがシュルヴァン様……
アンコロールオーブの事まで……」
一瞬で空気が張り詰めた。
「えっ!!!
アンコロールオーブ!!!!
どういうこと!!
持ち込まれたの??すぐに確認しなさい!!」
威厳をまとった空気が、
一瞬だけ 素の驚愕 に割れた。
言ってしまった本人も、
小さく咳払いして表情を整える。
「……こほん。
とにかく、急ぎなさい。
事態は深刻です」
ラドゥとイレナは顔を見合わせ、
その“取り繕い”に気づかぬふりをして駆け出した。
アンコロールオーブ──
都市の大結界を二百年、三百年と保つ“核”。
深層のエルフすら滅多に触れることのない代物。
ラドゥとイレナは息を呑み、
すぐに走り出した刹那、
背に柔らかな声が届いた。
「……水脈が動き出しましたね」
そして二人は、
水脈院の運命を揺らすものを確かめるため、
駆け出していった。




