表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/70

串焼き

夜の湿った空気を背に、三人は門前の草地で静かに夜を明かした。

暗がりの向こうから聞こえてくる水音は、川というより“息づく獣”の眠り声のようで、

ときおり風が流れ込むと月明かりの粒が水面に散って揺れた。


「……夜に入るのは失礼って、あいつら言ってたな」

ピコが呟くと、甲州は寝袋の中であくびを噛み殺した。


「いいよ別に。朝のほうが街って感じするだろ」


ベラは無音で星空を見上げていた。

街の中心へ続く二本の川──シィルとナハ──その湿った流れが、

風に運ばれてくるたびに微かに“冷たい石の匂い”を混ぜてくる。


そうして一晩が明けた。


***


朝陽が川に落ちると同時に、

スィル=ハイムの全貌が霧の幕から現れた。


細い川シィル=ヴァーンは、

まるで削り出したガラスをそのまま水にしたかのような透明度で、

底の白い砂までくっきりと見える。

その隣を流れる大河ナハ=ルートは、

静かで深く、色を抱え込んだまま動く巨大な湖のようだった。


二つの川は寄り添うように街を貫き、

水路と家屋と橋のすべてが

“水の心臓”を中心に脈動しているように見えた。


「うわ……やべぇな」

甲州が足を止める。

彼の瞳に映るのは、川の上に張り出した巨大な杭住居群。

朝日を受けてきらめく苔光ランプ。

水面下でゆっくり回る歯車。


「街そのものが動いてるみたいだ……」


その横で、ピコは別のものに吸い寄せられていた。

魔法陣が刻まれた薄板が、店先に涼しげに吊るされている。

風が当たると、陣の線がわずかに発光し、

渦巻き模様がくるり、と方向を変えた。


「……あれ、なんだ……?」


まるで教科書の続きが街中に散らばっているようで、

ピコは歩きながら視線が泳ぎっぱなしだった。


そして三人目。

ベラが急に足を止めた。


遠くの広場から流れてくる打楽器の音。

乾いた皮と金属が混ざる独特のリズム。

それを受け取った瞬間、


「民族音楽を検知。解析モード──」


ベラは淡々と歩きながら、その音を記録し続けていた。


街全体がざわついている理由は、

道のわきに揺れる紋章で分かった。

鳥と風を模した意匠──スパイラルコースト。

どうやら大会まで一ヶ月を切り、

街中が浮き立っているらしい。


甲州がその旗を見ながらにやりと笑う。

「……鳥のレースらしいな。鳥乗ってみてー!!」


***


昨夜のことが頭をよぎる。


野営の焚き火の前で、

三人は真剣に“何を売るか”を相談していた。


保存食は貴重すぎて論外。

ライトは技術の違いが怪しまれる。

他の道具も……どれも売れない。


ピコが沈黙のまま袋に手を突っ込み、

ふっと取り出したのは──


淡く脈打つように光る、あの果実。


ユグラドシルの木の果実のようなものだ。

光は静かだが、しばらく見ていると吸い込まれそうになる。

甲州が「売れるだろ絶対!」と勢いよく言い、

ピコは「いや、用途分からんし……」と首を傾げた。


ベラはそれを数秒見つめ、

あっさり言った。


「推定市場価値──中程度です」


「中!?光ってんだぞ!?」

「光は評価項目ではありません」

「しないのかよ!!」



とはいえ、他に売り物もない。

三人は“光る実”を売りに市場へ向かうことにした。


─スィル=ハイムの橋を渡りながら、

ピコが行き交う人々をじっと見つめていた。


「……リザードマンって聞いてたけど、ほぼ人間だな」


すれ違った青年が軽く会釈する。

肌の一部にだけ、細い鱗紋のような模様が走っている。

近くで見ると、金属粉を散らしたみたいに光を返す。


甲州がぼそり。

「ちょっとザラッとしてるな。触ると怒られるやつだ」


「触らるのは文化的に問題があります」

とベラが即答する。


「触らねぇよ!」


笑いながら三人は橋を渡りきり、

賑わう通りへ足を踏み入れた。


焼いた香草の匂い、

水蒸気と油が混ざった香り、

どこか塩気の強い干し魚。


どう考えても市場らしい場所だ。


「……なぁ、物買い取ってくれる所って、どの辺だ?」

甲州が近くの屋台のおじさんに声をかけると、

店主は“あっちだよ”と親指で奥の区画を示してくれた。


三人は礼を言い、歩き出す。


途中、値札のついた商品が目にとまる。

そこでピコがふと立ち止まった。


屋台に貼られた札には

《串焼き 300シル》の文字。


「シルが通貨か」

甲州が腕を組む。


周囲の値札を次々に見て回り、

パンが100シル、煮込みが450シル、

甘い団子が250シル。


大体の物価がつかめてきたところで、

甲州がニヤッと笑う。


「……あの光る実さ。串焼き10本分くらいにならねぇかな」


「おまえの基準は全部“串”だな」

ピコが呆れた声を上げる。


「食べ物基準は分かりやすいと判断します」

ベラまで真顔で言うものだから、

ピコは「ベラまで乗るなよ!」と笑う。


とはいえ、

三人の足取りはどこか弾んでいた。


光る実が売れるかどうかは分からない──

だが、初めての街で、

初めての通貨を握り、

何かを交換するという行為自体が

“旅の始まり”を実感させていた。


三人は、

胸の内に小さな期待を抱えながら、

買い取り所のある区画へと歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ