鏡見りゃ、嫌でも納得するわ
森の空気が静電気のように微かにざわついた。
エルフたちの足音が消えていくと、そこには
ピコ、甲州、ベラ──たった三人の音だけが残った。
どこまでも高く伸びる木々は、先ほどまでの“光を孕んだ透明さ”を捨て、
暗い翳りを抱きはじめている。
ミストラが薄くなっているのが、肌ではなく“耳”で分かった。
ピコが肩にかけたバッグを下ろす。
「さて、と……ここで一泊、だな」
甲州も荷を降ろしつつ、辺りを見回した。
見慣れない生き物たちが枝の影をすり抜けていた。
どこか鈴のようで、どこか機械の作動音のような鳴き声。
木の上を跳ねる小型獣の影。
透明に近い羽根を持つ鳥が、光を弾くように飛び去る。
エルフたちの足音が遠ざかると、
そこにはピコ・甲州・ベラの三人だけが取り残された。
ピコが荷を下ろし、甲州も頭をかきながら周囲を見回す。
「なぁピコ。あの鳴き声……鳥なのか?」
「鳥……だと思うけど……あんな音するか?」
森の奥で
チリリ……チリッ……
と、氷を弾くような音が響いた。
ベラは即座に解析モードに入るが──
「該当する分類はありません。
鳴き声の構造が地球の生物とは一致しません」
「……まぁ、だろうな」
甲州は苦笑しながらバリケードの杭を打った。
ベラが取り出したのは、
ここでは違和感のある地球の科学機材。
四つの杭を地面に挿し込むと、
ふわりと光の膜がワイヤーの間に張りついた。
「電流防御柵です。
こちらの生物への有効性は……不明です」
「ベラってさ、不明って言葉好きだよな……?」
「未知の惑星なので当然です」
あまりにも淡々と返され、甲州はもう笑うしかなかった。
◆
食事の時間になると、ピコは例の保存食パックを取り出した。
“想定耐久1000年・JAC基準”
と刻まれたロゴが、月光の下で妙に頼もしく見える。
甲州はパックを見ただけで顔をしかめる。
「……やっぱ食うのか、これ」
「他にないし……一ヶ月で尽きるけどな」
焚き火にパックを載せると、
ほのかに甘い、香ばしい匂いがふくらんだ。
「……予想よりうまそうなんだけど」
「酸化が完全に抑えられています。
味覚品質も規格上──」
「規格上はもういい!!!」
二人の叫びをよそに、
保存食はじゅうっと音を立てて温まっていく。
森の浅層では、見たことのない昆虫の翅音が響き、
樹冠の向こうを滑空する影が、灰紫の光の帯を引いた。
生き物はいる。
だが、どれも“どこの地球にもいない命”だった。
◆
食後、甲州がぼそっと言った。
「しかしよ……
なんで、この森に人間いねぇんだ?人間いるって言ってたよな?」
ピコも火を見つめたまま答える。
「……生き物はいるのに、人間だけいないんだよな……」
ベラは静かに周囲の大気を取り込むように、
腕の装置を微かに光らせた。
「森の空気成分と粒子構造が人間には適さない──と推定されます。
元々いた深部へ向かうほど不安定です。ただし原因は不明」
「また不明か……」
「じゃあ……なんで俺らは平気なんだ?」
ベラは少しだけ間を置き、分析結果を述べた。
「あなた方三名は“例外”のようです。
千年の長期間に適応変容が起こった結果と思われます」
その言葉を聞くなり、ピコが苦笑いした。
「……まぁ、千年経っててツノ生えてる時点で“例外”なのは分かってるけどな」
甲州も同じように半笑いで、頭の突起に軽く触れた。
「ほんとだよな。
鏡見りゃ、嫌でも納得するわ……」
焚き火がぱち、と弾けて火の粉が舞う。
その光に照らされて、二人の角の縁が淡く光った。
ピコはため息まじりに笑う。
甲州が薪を足しながら小さく笑う。
「まぁ……なんだかんだ言ってもさ。
三人いりゃ、何とかなるだろ」
ピコも笑った。
ベラはこくりと頷いた。
「あなた方の生命維持は、
私の最優先任務です」
夜風が光のバリケードを揺らし、
森の生き物たちが、遠巻きに様子を窺うように
チリリ……と鳴いた。
そして三人は──
初めての、三人だけの夜を越えた。




