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鏡見りゃ、嫌でも納得するわ

森の空気が静電気のように微かにざわついた。

エルフたちの足音が消えていくと、そこには

ピコ、甲州、ベラ──たった三人の音だけが残った。


どこまでも高く伸びる木々は、先ほどまでの“光を孕んだ透明さ”を捨て、

暗い翳りを抱きはじめている。

ミストラが薄くなっているのが、肌ではなく“耳”で分かった。


ピコが肩にかけたバッグを下ろす。


「さて、と……ここで一泊、だな」


甲州も荷を降ろしつつ、辺りを見回した。


見慣れない生き物たちが枝の影をすり抜けていた。


どこか鈴のようで、どこか機械の作動音のような鳴き声。

木の上を跳ねる小型獣の影。

透明に近い羽根を持つ鳥が、光を弾くように飛び去る。



エルフたちの足音が遠ざかると、

そこにはピコ・甲州・ベラの三人だけが取り残された。



ピコが荷を下ろし、甲州も頭をかきながら周囲を見回す。


「なぁピコ。あの鳴き声……鳥なのか?」


「鳥……だと思うけど……あんな音するか?」


森の奥で

チリリ……チリッ……

と、氷を弾くような音が響いた。


ベラは即座に解析モードに入るが──


「該当する分類はありません。

 鳴き声の構造が地球の生物とは一致しません」


「……まぁ、だろうな」


甲州は苦笑しながらバリケードの杭を打った。


ベラが取り出したのは、

ここでは違和感のある地球の科学機材。

四つの杭を地面に挿し込むと、

ふわりと光の膜がワイヤーの間に張りついた。


「電流防御柵です。

 こちらの生物への有効性は……不明です」


「ベラってさ、不明って言葉好きだよな……?」


「未知の惑星なので当然です」


あまりにも淡々と返され、甲州はもう笑うしかなかった。



食事の時間になると、ピコは例の保存食パックを取り出した。

“想定耐久1000年・JAC基準”

と刻まれたロゴが、月光の下で妙に頼もしく見える。


甲州はパックを見ただけで顔をしかめる。


「……やっぱ食うのか、これ」


「他にないし……一ヶ月で尽きるけどな」


焚き火にパックを載せると、

ほのかに甘い、香ばしい匂いがふくらんだ。


「……予想よりうまそうなんだけど」


「酸化が完全に抑えられています。

 味覚品質も規格上──」


「規格上はもういい!!!」


二人の叫びをよそに、

保存食はじゅうっと音を立てて温まっていく。


森の浅層では、見たことのない昆虫の翅音が響き、

樹冠の向こうを滑空する影が、灰紫の光の帯を引いた。


生き物はいる。

だが、どれも“どこの地球にもいない命”だった。



食後、甲州がぼそっと言った。


「しかしよ……

 なんで、この森に人間いねぇんだ?人間いるって言ってたよな?」


ピコも火を見つめたまま答える。


「……生き物はいるのに、人間だけいないんだよな……」


ベラは静かに周囲の大気を取り込むように、

腕の装置を微かに光らせた。


「森の空気成分と粒子構造が人間には適さない──と推定されます。

元々いた深部へ向かうほど不安定です。ただし原因は不明」


「また不明か……」


「じゃあ……なんで俺らは平気なんだ?」


ベラは少しだけ間を置き、分析結果を述べた。


「あなた方三名は“例外”のようです。

 千年の長期間に適応変容が起こった結果と思われます」


その言葉を聞くなり、ピコが苦笑いした。


「……まぁ、千年経っててツノ生えてる時点で“例外”なのは分かってるけどな」


甲州も同じように半笑いで、頭の突起に軽く触れた。


「ほんとだよな。

 鏡見りゃ、嫌でも納得するわ……」


焚き火がぱち、と弾けて火の粉が舞う。

その光に照らされて、二人の角の縁が淡く光った。


ピコはため息まじりに笑う。

甲州が薪を足しながら小さく笑う。


「まぁ……なんだかんだ言ってもさ。

 三人いりゃ、何とかなるだろ」


ピコも笑った。

ベラはこくりと頷いた。


「あなた方の生命維持は、

 私の最優先任務です」


夜風が光のバリケードを揺らし、

森の生き物たちが、遠巻きに様子を窺うように

チリリ……と鳴いた。


そして三人は──

初めての、三人だけの夜を越えた。

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