誰にも頼れない道
森の色が変わり始めて三日目。
ユグラドシルの光は完全に消え、
木々はもうただの森の色へ戻っていた。
風の匂いも乾き、
枝を踏む音が普通の森の音へと戻っていく。
ピコが肩の荷を少し上げ直しながら訊ねた。
「……あとどれくらいで着くんだ?」
先頭のフィオレンが振り返る。
「やっと半分だよ。
南端は広いし深いからね」
甲州がげんなりした声を漏らす。
「遠いな……」
ミュレルが笑う。
「まあ、旅ってそういうもんでしょ」
少し間を置いて、ピコが尋ねる。
「……その“南端”って場所では、何が起こってるんだ?」
案内役三人の足がわずかに止まった。
フィオレンが気まずそうに言う。
「……俺たちは“案内だけしろ”って言われてる。」
「そうか。分かった」
ピコが深追いしなかったので、空気は崩れずに流れた。
だがその空気を断ち切るものが現れる。
地面の奥から──
重く、規則正しく揺れる振動。
「……行軍だ」
リアンが小声でつぶやいた。
やがて木々の向こうから、
統率された隊列が淡く光を反射しながら現れた。
武具には傷と焦げが残り、
泥が乾いたまま貼り付いている者も多い。
けれど沈んではいない。
勝利の帰還にだけ宿る、
“熱を胸にしまった静けさ”が彼らにはあった。
ピコと甲州は自然と道を空ける。
ベラは無音で一歩前に出る。
先頭の兵が、こちらを見ると足を止めた。
レティアだった。
戦場を抜けて戻ったばかりの顔で、
疲労の奥にかすかな光を残している。
知らない三人──ピコ・甲州・ベラ──を見てピクリと眉を動かした。
フィオレンが走り寄る。
「レティア! もう帰ってきたのか!」
レティアは小さく頷いた。
「……ああ。こちらの勝利だ。
激しい戦いだったが……終わった」
その言葉の重さに、ピコも甲州も息を呑む。
だが次の瞬間、甲州は声を荒げた。
「ちょっと待て……まさか、サガは戦に出されてたのか!!?」
レティアが驚きの視線を彼らへ向ける。
「……サガ? あなたたちは──?」
フィオレンが短く答える。
「サガの種族だよ。
彼を探してる」
レティアははっきりと息を飲んだ。
知らなかったのだ。
サガが“この世界に同族を持っていた”ことも、
彼らがここまで来た理由も。
その驚きと、
言わねばならない現実が胸の奥で絡まり、
声はどうしても静かなものになった。
「……サガなら、もうここにはいない」
甲州が一歩踏み出す。
「どういう……ことだよ……!」
レティアは目を伏せず、
しかし慎重に言葉を選んだ。
「戦のあと……
カーミラ殿の案内で、“人間がいる方”へ向かわれた。
止める理由は……私たちにはなかった」
ピコが息を詰めた。
「どこへ行ったんだ……? 町の名前は?」
レティアはかぶりを振る。
「正確には分からない。
ただ……“ヴァロラインの街方面”だとだけ」
ミュレルが顎に手を当てる。
「 ヴァロラインは森と人間領の境目のことなんだよ。
ヴァロラインの街って……
人間の街なら、ヴァロじゃないかな」
リアンが静かに補足する。
「……最も有力な推測です」
甲州は怒りを押し込むように拳を握った。
ピコは深く息を吐き、
風に紛れないような低い声で言う。
「……行こう。サガを追う」
甲州が短く頷き、
「ヴァロだな」
ベラが淡々と記録した。
「目的地設定。ヴァロ方面」
風が一瞬だけ止まり、
帰還部隊の鎧がかすれ合う音だけが聴こえた。
フィオレンが寂しげに笑う。
「……だったら、ヴァロまで案内しようか?
森の外は道も荒れてるし──」
だがピコは首を振った。
「いや……そこまでは世話になれない。
地図だけ描いてくれないか」
フィオレンは一瞬だけ考え、
腰の袋から紙と木炭を取り出した。
「……分かった。
お前らなら、自分の足で行ったほうがいい気がする」
簡素だが必要十分な地図。
フィオレンの手は揺れず、
その線には“サガをよろしく頼んだ”という願いが滲んでいた。
地図を受け取ったピコは、
深く礼をした。
レティアは最後まで何も言わず、
ただ一度だけ、
静かに頭を下げた。
帰還部隊は再び列を組み、
森の奥へと消えていく。
案内の三人も里へ戻る準備を始める。
こうして六人の旅は終わった。
残る三人──ピコ、甲州、ベラ。
彼らの旅は、
完全に “サガを追う旅” に変わった。
そして誰にも頼れない道が、
南西へ、ヴァロへと続いていた。




