客人の間
客人の間は、光る木の壁に囲まれていた。
光は脈のようにゆっくり明滅し、ときおり外の風に合わせて揺れた。
ピコは椅子を少し回し、何度か座り直してみる。
落ち着かないのは明らかだったが、言葉にはしなかった。
靴先が、床の板を小さく叩いている。
甲州は部屋の隅で腕を組み、ゆっくり呼吸を整えようとしていた。
だが、拳がかすかに震えていた。
ベラだけが、動かない。
背筋をまっすぐに伸ばし、両手を膝に揃えたまま、ただ待っていた。
時間が流れ、
外の透明な木々が鳴るたび、ピコがそちらへ視線を向ける。
そのたびに期待が空振りするのが、自分でも分かるようだった。
甲州が壁の影に目を向け、長く息を吐いた。
ピコと目が合うと、互いに小さく頷き合う。
“まだだな”
言葉にならないやり取りが、ふたりの間を行き来する。
ベラが静かに目を開けた。
「……会議というものは長くなる傾向があります」
淡々と告げただけで、
慰めでも説明でもなかった。
ただの事実。
ピコは短く笑い、椅子の背に頭を預ける。
甲州は何も言わず、肩の力を抜くように腕を下ろした。
外では、見張りのミュレルとリアンが交代で歩いている気配がした。
彼たちが何かを気にしているのは伝わるが、
こちらには一言も投げてこない。
その沈黙が、逆に騒がしい。
風が通り抜け、
半透明の木がかすかに歌うように鳴った。
三人は、それぞれ違う姿勢のまま、
同じ重さの時間を共有していた。
⬛︎⬛︎
大樹の根の内部――
空洞になった空間は、壁そのものが淡い光を放ち、
その光が円卓を囲む長老たちの影を静かに揺らしていた。
シーラは長老の席の一つに座り、
報告書を閉じた指先を静かに組み直した。
視線には、驚きよりも“確かめねばならぬ”という緊迫が宿る。
スヴェルが杖を軽く床に触れさせると、
室内のわずかな音さえ吸い込まれるように静まった。
報告官が数歩下がり、
文書に記された内容だけが場の空気を支配していた。
最初に動いたのは、長老オルヴィンだった。
立ち上がる動作はゆったりしていたが、声は抑えた驚きを隠さなかった。
「――禁域だと?
あそこは、記録に残る限り“生き物は近づけぬ場所”。
森が拒むゆえ、誰も踏み込めぬはずだ」
ロークが続ける。
「道を知る者ですら迷うあの森を、どうやって抜けたというのだ……」
イリスは報告書を閉じたまま沈思し、
その唇がわずかに動いた。
「信じがたい話ではあります。
しかし……シーラが“虚偽を語る目ではなかった”と判断した以上、
無視するわけにはいきません」
視線がシーラへ向く。
シーラはゆっくりと息を整え、静かに言った。
「恐れはありました。
ですが、嘘を語ろうとする揺らぎはありませんでした。
――森の気配もまた、彼らを拒んでいませんでした」
その言葉に、円卓に淡いざわめきが走った。
禁域が“拒まなかった”という事実は、伝承を揺るがす。
控えめに身を乗り出したのは、警備班長ヴァーナだった。
立場をわきまえ、長老たちより一歩低い声で口を開く。
「長老方……。
彼らは“サガを探している”とのこと。
サガが今どこにいるかを知られれば、
来訪者の心をざわつかせる可能性がございます。
未知ゆえに、対応を誤れば思わぬ行き違いを生むやもしれません。」
その場に冷気のような緊張が落ちた。
沈黙を破ったのは、
巫女代行のエリュナだった。
政治の議題ではほとんど口を開かない彼女が、
静かな気配とともに言葉を置く。
「……森は、脅威を抱く者を許しません。
禁域の縁に留まれたということは、
“拒まれなかった”ということ。
私には、それが……聖域の流れに沿うものに思えます」
その声音は淡いが、
誰も否定の言葉を挟めなかった。
続いて、学者トラヴィスが書物の角を指で押さえた。
「千年という言葉は荒唐無稽です。
ですが、もし事実であれば……
この里の史書そのものを改める必要があります。
未知の種族である可能性も否定できませんな」
再び、円卓に重い沈黙。
スヴェルがゆっくりと立ち上がり、
杖の先に宿る光が全員を照らす。
「結論を急ぐことはできぬ。
真偽を見極めるには、なお情報が足りぬ。
しかし、彼らはすでに里にいる。
無為に追い詰めるのは得策ではない」
そして、シーラへと顔を向けた。
「シーラ。
君が彼らを“落ち着ける場所”へ案内し、
長老会の判断が下るまで保護せよ。
必要に応じ、森の気配も併せて確認すること」
シーラは静かに立ち、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
光が揺れ、
長老たちの影が長く伸びる。
禁域の伝承がわずかに軋む音が、
誰の耳にも届かぬまま広間を満たしていた。




