見張り小屋
三人が案内されて小屋に入ると、扉の外で気配がふっと揺れた。
見張りのフィオレン、ミュレル、リアンが、並んで立ち尽くしていた。
フィオレンが声を潜めた。
「……見たか。あの二人。サガと……似すぎだろ」
ミュレルは手を胸に当て、早口で囁いた。
「似てた! ていうか同じ“種”の顔じゃない?ツノあるし!あれ……やばいやつ……」
リアンは無表情のまま、二人の肩を軽く押した。
「……ここで続けるのは良くない。
フィオレン、あなたが行って」
促された瞬間、フィオレンの表情がきゅっと引き締まった。
「任せとけ。シーラ様に伝えてくる」
そう言い残して谷の奥へ駆けていった。
残されたミュレルとリアンは、小屋の方へ目を向けつつ、息を整えた。
――シーラの部屋では、
フィオレンが早口になりながら報告を終えたところだった。
シーラは静かに彼を見つめた。
その長いまつげの影が、わずかに揺れる。
「……サガだけの異常個体ではなかった、ということね。
“種族”だったとすれば……話が変わります」
そう呟くと、シーラは立ち上がった。
その仕草は落ち着いていたが、
纏う空気はひとつだけ深く沈んだように見えた。
「会いましょう」
――見張り小屋。
扉が開き、銀髪のエルフが現れた。
淡い光をまとったシーラの姿に、
ピコと甲州は思わず背筋を伸ばし、
ベラは静かに首を傾けた。
「いくつか伺います」
シーラの声は穏やかだったが、
言葉の奥に慎重さがあった。
彼らは正直に答えた。
どこから来たのか。
どうやってこの里へたどり着いたのか。
「……あちらの、大きな木の根本です」
ピコが方向を指し示す。
「湖があって……木が、透明で……光ってて」
甲州も付け加える。
「森の奥です。そこから川に沿って歩きました」
シーラの瞳が静かに揺れた。
それは、“禁域”と完全に一致する描写だった。
だが彼女は、“禁域”という言葉を本人たちが知らないことを理解し、
あえて口に出さなかった。
さらに続きを聞くうちに、
「千年前からそこにいた」
という言葉が出たとき、
シーラは意識して呼吸を整えるように目を伏せた。
知られざる“種族”。
禁域で千年。
その存在は、エルフの記録にすらない。
彼女の胸の奥で、古い伝承に影を持ち始めていた。
サガという名を口にしたとき、
シーラは顔を上げた。
沈黙が一つ落ち、
彼女は決断するように言った。
「……すべてを今お伝えすることはできません。
長老会に諮ります。答えはそこで出るはずです」
ピコが思わず身を乗り出したが、
シーラは視線だけで制した。
「時間はかかるでしょう。
ここで待つより、落ち着ける場所へご案内します」
ミュレルとリアンが前へ出て、三人を導く姿勢を見せた。
外へ出ると、
谷全体が淡い光に包まれ、
浮遊石に根を張った家々が静かに揺れ、
透明な木々が細い音を立てて風に応えていた。
ピコはその美しさに一瞬だけ足を止めた。
甲州は拳を握ったまま周囲を観察し、
ベラは何かを演算するように風の方向を追った。
シーラの声が静かに響いた。
「こちらです。
あちらなら……少し腰を落ち着けていただけるでしょう。」
三人が歩み出すと、
エルフの里の光がゆっくりその影を飲み込み始めた。




