エルフの里へ
森を抜けると、景色が一変した。
薄い光を宿した木々が互いの枝を橋のように絡ませ、
浮遊岩に根を食い込ませた家が、
空中にゆっくり揺れていた。
谷底には、ユグドラシル湖から流れてくる透明な川が走り、
その上を色の変わる鳥や、宝石のような昆虫が漂う。
生き物一ついない“禁域”とは違う。
ここは、息づく森。活気があるのに静謐だった。
サガが連れてこられたのは、
広場から少し離れた古い集会所の一室だった。
外来の者を迎えるための、
いわば“里の外側”に当たる控え室。
扉が閉まると、まるで森の音だけが響く。
外ではエルフたちが、
サガの外見についてあれこれ言い合っている。
「人間だよな? 角はまあ、種族の違いか?」
「禁域の近くから来たって? そっちが問題だ」
「角より、あの場所に“入れたこと”が変なんだよ」
角については誰も大した関心を示さない。
この世界には角のある種族など珍しくない。
むしろ警戒の理由はただひとつ――
“禁域に近づけたこと自体がおかしい”
それだけだった。
ただ、レティアだけは違っていた。
彼女は少し離れた位置から、
サガの角を一度だけまじまじと見つめ、
そしてすぐに視線を逸らした。
彼女はただ必要最低限の言葉だけを残した。
「……ここで休んで。今は誰も近づかない」
サガは、深く考える余裕もなくうなずいた。
言語はまだ半分しか理解できない。
チップがゆっくり学習を始めたところだった。
窓の外では、エルフたちの視線が交錯する。
警戒、疑い、そして少しの興味――
そのすべてが距離を保ったまま注がれていた。
レティアは、そんな空気の外側に立ち、
慎重にサガを見ていた。
(……あなたは、何者?)
その問いは風に紛れ、
誰にも届かないまま沈んでいった。
けれど確かに、
そこから静かな物語の歯車が動き出していた。




