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地球に……エルフなんていねぇだろ

ユグラドシルの空洞は、

まだ眠りの余熱を抱えた空気で満ちていた。


天井から垂れる根が淡く発光し、

霧のような光の粒子がゆっくり漂っている。


ピコと甲州は、

粗末な寝台からすでに起き上がっていた。


ふたりとも顔色は悪い。

長い眠りの後で、足取りはまだ重い。


けれど――

最初に漏れた言葉は、揃って同じだった。


「……サガは?」


互いを見るよりも前に出たその一言が、

この三人の関係を物語っていた。


ベラは無表情に見えたが、

胸部の光がわずかに明滅していた。


「サガ様は……エルフの里にいます」


「――は?」


甲州が素っ頓狂な声をあげた。


胸の奥に一つだけ、確かな重みがある。

眠りの時間より先に、サガの不在が気になった。


ベラは冷たい青光を胸で揺らしながら告げる。


「サガ様は……“エルフの里”にいます」


その言葉に、空気が一度止まった。


ピコが眉を寄せる。


「……え、エルフ?

 ベラ、それ……どういう……比喩? 地名?」


甲州はもっと露骨に戸惑った。


「エルフって……あの“エルフ”?

 ゲームの? ファンタジーの?

 ベラ、冗談言わないでくれよ」


「冗談ではありません」


ベラの平坦な声が静かに落ちる。


甲州は震える指でベラを指した。


「地球に……エルフなんていねぇだろ……?」


ピコの顔色も変わっていた。

理解できない単語が、理解不能な状況を深めていく。


ベラは二人の揺れを測るように視線を動かし、

淡々と続ける。


「まさかサガ……捕まってるの?」

ピコの声は焦りより“現実味”を探す硬い響きだった。


ベラは首をわずかに傾ける。


「隔離。監視。拘束は軽度。

 ……軟禁に近い状態です」


「軟禁って……!」

甲州が一歩踏み出す。

その手足がまだ震えているのに気づかないほど必死だ。


ピコは額を押さえた。

眠りから復帰したばかりの頭に情報が重すぎる。


「……なんでそんな場所に連れ去られたんだよ、サガ」


「連れ去り、という表現は――不正確」

ベラの声は淡々としていたが、

その奥にはわずかに“急かすような焦り”が混じる。


「エルフは、サガ様を危険視し……

 同時に、観察対象として扱っています」


「観察って……実験動物かよ……!」


甲州が吐き捨てる。


ピコは黙って視線を伏せた。

怒りと理性が同時に胸の中で軋んでいる。


「……エルフが敵なら、取り返すしかない」

甲州が拳を握る。


「落ち着いて」ピコが制する。

「敵か味方かまだ分からないだろ?

 ……助けてくれてる可能性だって、ゼロじゃない」


甲州の喉が震える。


「でも……サガはひとりだぞ。

 俺らが行かなきゃ、誰が守んだよ」


その言葉に、ベラの胸部光が僅かに強まる。


「サガ様を置いていくという選択肢は……ありません」


ピコは長く息を吐いた。

まだ身体は完全に動かない。

でも、その目だけは“進む”方向を向き始めている。


「……わかった。

 エルフがどう出るかで決める」


その言葉に、ベラも静かに頷いた。


ピコはユグラドシルの外の光を見つめながら、

息を吸い込んだ

甲州は拳を握りしめた。


「行くしかねぇだろ。

 姿見りゃわかる。敵か味方かくらい」


「待って甲州!」

ピコが肩を掴む。


「敵でも突っ込むのはリスクが高すぎる。

 この世界、地球と全然違うんだぞ?

 重力も、光も、植物も……説明つかないものばっかりだ」


甲州の目が揺れる。


ピコは続けた。


「でも……サガが一人なのは本当だ。

 ……だから俺たちが行こう。」


甲州が凶暴なほど真っ直ぐな声で言い切る。

「保護してもらえるならそれでい

敵なら……奪還する」


その言葉に、ベラは静かに頷いた。


「お待ちください」とベラ。


「お二人の装備と食料の準備をします」


そう言ってベラは床下の収納を開け、

パックされた物資を取り出し始める。

ベラは無表情で物資をバッグに詰め込みながら言った。


「ご安心ください。

 この保存食は“千年基準”のJACマーク付きです」


ピコが二度見する。


「……ベラ。いま“千年”って言ったよな?」


甲州も顔を近づける。


「千年保存?そんな食品あるわけ……」


ベラは続きを淡々と述べた。


「皆さまが仮死睡眠に入った時期――

 空艇エリュシオンが“墜落事故を起こした千年前”から換算すると、

 現在でちょうど九九七年が経過しています」


ピコと甲州の瞳孔が同時に開く。


「……ちょ、待て。

 いま……さらっと……何つった?」


ベラは少しも悪びれず繰り返した。


「“墜落事故から千年”と申し上げました。

 航行ログによれば、外的要因による制御不能。

 墜落位置は現在地。

 皆さまはスペーススーツの救命プロトコルに従い仮死睡眠へ移行。

肉体損傷回復が千年かけて行われました。」


沈黙が落ちる。


ピコが震える指で床を指し示す。


「ここ……墜落現場……?

 俺ら……千年前に墜落して……

 そのまま……寝てた……?」


「正確には、九百九十七年間です」


「いや三年とかどうでもいいわ!!」


甲州がパックを握りつぶしそうになりながら叫ぶ。


「なぁベラ!!

 俺らそんな大事故起こした記憶ねぇぞ!?」


「記憶は仮死睡眠移行時に強制的に断片化されます。

 衝撃から脳を保護するための措置です」


ピコは両手で顔を覆う。


「……俺たち……

 “千年前の大事故の生き残り”ってこと……?」


ベラは肯定するように小さく頷いた。


「その認識に問題はありません。

 当時の技術では標準の処置です」


甲州が震える声で保存食を見た。


「じゃあ……これ……

 本当に“千年前の俺らの非常食”なんだな……?」


「ええ。想定耐久千年。

 味は、そこそこです」


「そこそこォ!?!?」


ピコが今にも泣きそうな声で叫ぶ。


「俺ら未来に来たとかじゃなくてさ……

 千年寝てたの……?

 しかも墜落現場で!?」


ベラは荷物を背負い、なぜか優しい声で告げた。


「……ご安心ください。

 墜落は千年前に完了していますので、

 これ以上落ちることはありません」


「フォローになってねぇ!!!」



「……これ……“保存食”だよな?」


「お、おう……理論上は千年持つってされたやつ……だけど……」


二人は顔を見合わせた。


ピコがパッケージを指先でつつく。


「いや、さ……

 これ“実際に千年越しで食ったやつ”いなくない?

 俺ら……第一号じゃない?」


甲州が遠い目になる。


「食中毒で死んだら……笑うしかねぇな……」


ベラが即座に答える。


「安全性は保証されています。規格上」


「規格上!!!」


ピコは叫んだ。


「いや、せめて……せめて匂いチェックしてから行こうぜ……?」


甲州が小声でぼやく。


「てか……俺らの時代、こんな未来技術あったっけ……?

 なかったよな? あれ……あった? いや……あったのか……?」


ベラは無表情で物資を詰め込みながら言った。


「ご安心ください。

 安全規格JACマークも付いています。」


ピコは、じわっと目を細めた。


「……ベラ。その……JACって……」


甲州も横から顔を寄せる。


「俺らの時代にあった安全規格って、

 JISとか……ISOとか、そのへんだよな?」


ベラは一切ためらわずに説明。


「JACは“Japan Advanced Conservation”の略称です。

 千年以上の耐久性を想定した高次保存基準。

 人体適合性、菌類ゼロ、酸化耐性、味覚保存率95パーセント以上」


ピコはうめく。


「未来すぎて逆に怖ぇんだよ……!」


甲州はもうパッケージをつまんだまま震えている。

「……いや、ベラ。“俺らの時代の技術”って知ってるけど……

 さすがに千年物は……心が追いつかないんだよ……」


甲州も、半笑いでパッケージを持ち上げる。


「なあピコ……

 これ食って俺ら生き残ったら……

 物理的にも精神的にも強くなったってことでいいよな……?」


「強制イベントにすんな!!!」


二人の情けない叫び声が、

薄緑に照らされた静かな船内に響いた。


――準備は整う。


戻ってくる保証はない。

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