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大いなる空腹

ミレイユの干からびた体を見つめたまま、

カーミラの身体を包む“深紅の生きた衣”は脈動し続けた。


熱い。

吸血鬼のはずなのに。

冷たい血が巡るはずなのに。


胸の奥で煮えたぎる溶鉱炉みたいな熱が、

骨の内側を焼きながら湧き上がってくる。


「…………許さない」


低い声だった。

けれど、その一言が夜気そのものを震わせた。


グロムが振り向く。

同胞の死体の棍棒を握ったまま。

その巨体が、一瞬だけ 「硬直」 した。


カーミラの瞳は、完全に“赤”になっていた。

白目が血に浸され、虹彩が見えない。

頭から蒸気が立ちのぼり、熱が闇に白い柱を描く。


「おおおおおおおおッ!!!」


絶叫とともに大地が爆ぜ、ゴブリンの群れに向かっていった。


カーミラの身体は、影のように消え――

次の瞬間には、ゴブリンの腹から飛び出していた。


“バッ”

“ズッ”

“ギャッ”

“ズシャッッ”


腕を振るたび、深紅の軌跡が半円を描き、

ゴブリンの群れが紙の束みたいに裂けていく。


誰も追えない。

エルフですら、風の動きでしか位置を把握できなかった。


リュシアンたちは圧倒されながらも叫ぶ。


「援護に回れ!! カーミラの進路を確保!!」


弓の弦が鳴り、

風魔法の刃がカーミラの周囲の邪魔な敵を切り払う。


血の悪魔と、森の戦士。

ふたりの動きが噛み合ったとき、

ゴブリンの群れが“真っ赤な線”に沿って崩壊していく。





黒く染まった棍棒を引きずり、

グロムが雄叫びを上げる。


「ギャアアアアアアア!!!」


空気を振動させる叫び。

黒い霧が噴き出し、地面に触れた草が腐り落ちる。


対するカーミラは――

もう人の形をした“血そのもの”だった。


グロムが振る棍棒を、

カーミラは正面から迎え撃つ。


“ガアンッッッッ!!!”


死体の棍棒と血の剣。

激突した瞬間、衝撃で空気が爆発し、

周囲のゴブリンの死体が吹っ飛ぶ。


カーミラの足が地面に溝を刻む。

それでも目は逸らさない。


「……ミレイユぅぁぁぁあああああッ!!!」


高速で回転しながら切り上げる。

刃が螺旋を描き、グロムの胸を深く裂いた。


黒い霧が悲鳴のように飛び散る。


グロムの瞳に――

ほんの一瞬、“恐怖” が宿った。


「……ギ……ァ……?」


だが目の前にいるものは、

もう吸血鬼ですらなかった。


夜そのものが“怒りの形”を取っているだけだった。


グロムは咆哮し、霧を暴発させる。

棍棒を乱舞させ、空間ごと叩き潰そうとした。


だが――

すべてカーミラには見えていた 。


そして刺突。


一撃。

二撃。

十撃。

百撃。


“見えない突き”が連打され、

グロムの巨体が後ろへ押し戻される。


叫びの熱と怒号で、

カーミラの体からは蒸気が火柱のように立ちのぼっていた。


カーミラの血刃が深々と胸を貫いたとき、

グロムは最後の一撃を振り上げながら――


ふ、と空を見た。


その視界の空の先に、

黒い“穴”が見えた。


夜空にぽっかりと開いた闇。

星々の光が引き寄せられ、

薄く渦を巻きながら消えていく。


星を吸い寄せるような闇。

光が薄く渦を巻きながら消えていく。

ブラックホール。


それはまるで――


世界の中心にある、大いなる空腹のように見えた。


(……吸い込まれる……)


叫ぶ暇もなく、

意識だけが“その穴”に落ちていった。


グロムの肉体はただ、糸が切れたように崩れ落ちた。

棍棒から黒霧が消え、同胞の死体が音を立てて転がった。棍棒から霧が消え、死体の塊が地面へ転がる。


夜が、静まり返った。

深紅の蒸気だけが、まだ立ちのぼっていた。

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