目覚め
戦場の喧噪がやっと途切れ、
少し離れた丘に静寂が落ちた。
グロムは立っていた。
山のように積み上がった仲間の死体を、
まるで“積み上げられた失敗”のように見下ろしていた。
「…………なぜだ」
声は震えていた。怒りか、悲しみか、もう分からない。
北へ向かう。
ただそれだけを求めていた。
進むだけでよかった。
奪うのは生きるため。
倒すのは腹を満たすため。
それだけのはずだった。
なのに――
「どうして進めない……ッ!」
胸の奥が急に熱を帯び、
焦げたようなドス黒い感情が一気に吹き出す。
飢え。
渇き。
不足。
不足。不足。不足。
ずっと、何かが“足りない”。
腹が足りない。
力が足りない。
運が足りない。
仲間が足りない。
頭が足りない。
未来が足りない。
「まだ……足りない……!
どれだけ求めればいい!!」
涙が零れた。
だがそれは透明ではなく、
淀んだ“血色”だった。
グロムは気づく。
(……なにかくれ……なにか……
埋めてくれ……この足りなさを……)
そのときだった。
木陰の闇が揺れ、
黒いカラスが音もなく地面へ降り立つ。
“カツン……カツン……”
足音すら、どこか生き物のものとは思えない。
カラスはクチバシに“漆黒の球”を咥えていた。
月明かりにも反射しない黒。
光そのものを飲み込むような、
異様な静けさをまとった球。
カラスは囁くように語りかけた。
「グロム……飲むがいい……
足りぬ者に……足りるものを与える……
これは“ネフィラのオーブ”……
飢えた心を……満たす粒……」
甘い声だった。
飢えた心を撫でるような、
優しく、残酷な囁きだった。
疑う余地などない。
グロムは球を掴み、
そのまま喉の奥へ押し込んだ。
──瞬間。
胸で何かが破裂した。
「ッ……あ……ああああああああ!!」
骨が軋む。
背中が裂ける。
皮膚が黒に染まり、
霧が噴き出して空気そのものを腐食させる。
筋肉が“別の何か”に置き換わっていく感覚。
死。
腐敗。
滅び。
それらの感情の味を知った。
地面に転がっていた仲間の死体を掴む。
腕は勝手に動く。
黒い霧が死体を包み、
一瞬で“硬化”した。
叫んだ表情のまま、
石像のように黒く固まった死体。
「ぎぃ……ぎぃぃ……っひひひ……!」
それを棍棒のように振り回す。
砕ける音ではなく、
石をぶつけたような“鈍い衝撃”があたりに響いた。
グロムは笑う。
笑いながら涙をこぼしていた。
「満たされたい……
満たされて……生きたいだけなんだよォ!!」
その叫びは、
今までのゴブリンではありえない“重さ”を帯びていた。
丘の上に立つその影は、
もはや同胞と呼べる姿ではなかった。
それは“災厄”の誕生だった。




