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エルフの警備班との遭遇

◆ エルフ視点


朝霧がまだ森に残る時間。

禁域(ユグドラシルの根元区域)を守る警備班は、いつもの巡回に出ていた。


森は静か。

静かすぎるほどだ。


「……やっぱり、今日も変だな」

前を歩く隊長クルアが呟く。


この数日、結界に触れる魔獣の数が妙に少ない。

良い兆候ではない。

森の“バランス”が変わる時、危険は必ず別の形で現れる。


レティアは歩きながら、風の流れを感じ取ろうと意識を集中させる。

――世界そのものが息を潜めているような、そんな気配。


朝の森は、露を吸った葉が甘い香りを放っていた。

禁域の緩衝地帯――エルフ警備班の巡回ルートは、今日も透明な静けさに包まれている。


「ねぇ隊長、今日こそ休憩中にベリーのパイ食べましょうよ」

軽口を叩くのは、若い隊員イルド。


「仕事中に甘いものの話をするな。腹が減るだろ」

前を歩く隊長クルアが眉をひそめる。


「減ってるじゃん、顔に出てる」

「うるさい」


後ろから別の隊員ミアが笑いながら追い打ちをかけた。


「ねぇねぇ、昨日あなた絶対おかわりしてたでしょ?

 厨房の子が言ってたわよ、“クルア隊長だけ二切れ食べてました”って」


「……誰が漏らした……」

クルアが頭を抱えると、一同がほろほろ笑う。


和やかな空気が広がる。



そんな中、レティアだけは会話に加わらず、歩きながら風の流れに耳を澄ませていた。


イルドが声をかける。


「レティア、今日もお通夜みたいな顔してるー。

 たまには俺らと喋れよー」


レティアは振り返らず、淡々と言う。


「風の流れが……少し変なんです。

 森の“音”が薄い。昨日からずっと。」


「またそうやって難しい顔して……」

イルドが苦笑した瞬間、クルアが口を挟む。


「……いや、レティアの言う通りだ。

 魔獣の気配が極端に少ない。静かすぎる」


ミアが肩をすくめる。


「だったら今日は楽でいいじゃない。

 静かな森の日なんて久しぶりよ?」


レティアはほんの少しだけ、首を横に振った。


「森が静かな日は……たいてい良くないことが起きます。」



イルドが話題を変えようと、いつもの調子で言った。


「じゃあさ、帰ったらレティアの家のスープ飲ませてよ。

 あれうちの母さんより美味い!」


「私が作っているわけではありません……」

レティアは淡々と返す。


「いやいや絶対レティアが味見してるだろ?」

「……していません」


やりとりにまた笑いが起きる。


平和で、日常で、ただの巡回。

“今日もこんな感じで終わるはずだった”。



その瞬間。


レティアが立ち止まり、目を細めた。


「……風が……違う」


イルドが慌てて近づく。


「ちょ、今度は何?

 またスープの話?」


レティアは返事をしなかった。

森全体が――息を呑んだように静まり返る。


「……動くものが、ひとつ」

「え?」


クルアも同時に気づいた。


「禁域の方角だ」


空気が変わる。


和気あいあいとしていた空気が、

まるで一瞬で「戦場の静けさ」に切り替わった。


レティアが弓を構える。


「……人影。

 禁域の湖の、手前……!」


「行くぞ!」


その時だ。


「……動いた?」

レティアが立ち止まる。


「どこだ?」

「湖のほとり。人影……?」


禁域の近くに“人影”。

それは有り得ない話だった。


生き物は近寄らない。

寄れば普通は死ぬ。

森の生態も、古い伝承もそう言っている。


エルフたちは弓を構え、音を殺して近づく。


レティアだけが胸の奥で妙なざわつきを覚えていた。


霧が薄れ、視界が開け――


湖の入口らしき場所に、誰かが倒れていた。

禁域にこんなに入り込んだのは全員初めてだった。

むせるようなミストラの濃度で今にも昏倒しそうだ。



「あれは……人族?」

「いや、形はそうだが……」


エルフたちは半円を描くように包囲し、慎重に近づく。


レティアは倒れている少年を見て、息を呑んだ。


額に――

柔らかい光を帯びた、小さな結晶の芽。


(……まさか……)


胸が一気に熱くなり、指先が震えた。


それはエルフでも、巫女でも、選ばれし者にしか“発芽”しないはずの象徴。


ミストラの芽。


だが、そんなはずはない。

一族でも滅多に出ない。

まして人族に生えるわけが無い。


「レティア、どうした?顔が青いぞ」

「……何でもありません。……」


レティアは冷静を装って歩み寄る。

近づくほどに感じる“何か”。

それは恐怖ではなく、もっと直感的な違和感だった。


――この少年は、“普通じゃない”…


そんな確信めいた感覚が胸に残る。



エルフたちのひそひそ声が重なり合う。


「生きてるのか?」

「何者だ……こんな濃度の場所で……」

「人族が禁域に入れるはずないだろう」


その言葉が耳に届いたのか――


サガの瞼が、ゆっくりと震えた。


「……っ……ここ、どこ……?」


レティアと目が合った瞬間、レティアの心臓が跳ねた。


少年の瞳は濁りがなく、恐れの気配も薄い。

ただ、状況を飲み込めずにいる“迷子”の光があった。


隊長クルアが威圧的に問いかける。


「名を言え。どこの者だ?」


サガは理解できず眉をひそめる。

言語が通じない。


「……な……に、言って……?」


レティアは少年の側へ膝をつき、そっと視線を合わせる。


(言葉が通じていない……でも、何かを理解しようとしてる)


その瞬間、サガのスマートチップが微弱に作動する。

曖昧な、機械音のようなノイズがサガの脳に流れ込む。


《……翻訳補助……起動……言語同期……》


まだ不完全だ。

断片的に意味がつながる程度。


レティアは、少年の角に視線が吸い寄せられる。


(……これは、ミストラの芽……?

 いや、あり得ない。あり得ないのに……)


サガはようやく、エルフたちの警戒した視線に気づき、身を縮める。


「おい、動くな!」

「囲め!」


状況が悪化しそうな空気を感じ取り、レティアが制止する。


「待って! 彼は……危険じゃありません。まだ何も理解していないだけです」


隊長は一瞬だけ迷い――


「……とにかく、里へ連れていく。

 ここはずっといる場所じゃない。長老たちの判断を仰ごう。」


それは保護であり、半分は“連行”だった。



サガは立ち上がろうとして、ふらついた。

レティアが思わず肩を支える。


指先に触れた瞬間――

体の奥がわずかに震えた。


“この少年は私たちの世界の外から来た”


そんな直感だけが、根拠もなくレティアの中に生まれた。


サガは言語がまだ不十分なまま、かすかに呟く。


「……どこ、連れて……?」


レティアは返事に迷い、短く言う。


「……大丈夫。危害は加えません。

 ただ……あなたを知る必要があるのです」


その言葉に、サガは小さく頷いた。


こうして――


エルフの神話を揺るがす存在と、

 エルフの少女レティアの最初の邂逅が生まれた。


そして、森の奥では、

“サガを迎えに来るはずのベラ”が進んでいた。


――続く


※※※※※※※※※※※※※※※

地球の現代人は基本 2つのチップを体内に埋め込まれている

① スマートチップ

 ・視界に情報を重ねて表示するインターフェース(スマホの進化版)

 ・通信・決済・ゲーム・健康管理など"超スマホ"

 ・ここでは 言語学習補助・解析 が特に重要(異世界の言語習得を後押し)

② HECチップ(Hormone Emotion Control)

 ・感情の振れ幅を人工的に抑え、犯罪や暴走を減らすための社会インフラ。強制的に埋め込まれている。


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