異物
……動け……頼む……。
サガの足元がふらりと沈んだ。
その一瞬を逃すほど、ゴブリンは愚かではなかった。
群れが押し寄せ、咆哮が耳を裂く。
サガは、残った力を“糸”に絞った。
“バチンッ!”
空間に白い線が閃く。
首が七つ、同時に落ちた。
“ズバッ!”
足を払われた群れが「折りたたまれる」ように沈む。
呼吸が胸の奥でひっくり返り、肺がきしむ。
喉は血と埃で焼けている。
それでも――腕は止まらない。
糸を振るたび、
ゴブリンが紙細工みたいに裂けていき、
血飛沫が雨のように降った。
(どれだけ倒しても……終わらない……)
時間の感覚はとうに壊れていた。
昼なのか夜なのかも分からない。
足がもつれ、膝が落ちた。
(もう……無理だ……)
顔を伏せた地面は、
肉片、泥、骨、臓物――
“それらすべて”が液状になって混ざった何かだった。
そこへ、棍棒の影。
振り下ろされる。
避けられない。
――その瞬間。
「サガ。」
小さな声だったのに、
雷みたいに耳を貫いた。
「サガ!!」
風が弾けた。
レティアのレイピアが風の軌跡を残し、
棍棒ごとゴブリンを吹き飛ばした。
サガの腕を掴むレティアの手は強引で、震えていた。
「……どうして、ひとりで行くの。
死ぬところだった。」
その声は淡々としているのに、
涙を必死で抑える気配だけが、にじんでいた。
サガは笑おうとしたが、
頬の筋肉が動かず、ひきつるだけだった。
レティアは何も言わず、サガを支えて後退する。
後続部隊の盾が二人を囲んだ。
レティアがふと振り返った。
そこには、
サガが切り伏せたゴブリンの死体――
“地平線のように連なった丘”ができていた。
沈黙が戦場を包む。
倒した数、およそ一万。
誰も言葉が出なかった。
ただ、理解した。
目の前の少年は、もう“ただの外来者”ではない。
戦場を変える“異物”だ……と。




