“闇狩り女子会”
戦場の夜が静まり返った頃。
焚き火の残り火が赤く揺れ、森の奥で虫の音すら止まっている。
そんな闇の端で、
血まみれの外套を着たミレイユが、袖をつまんで情けない顔をしていた。
「先輩……これ、本気で取れないんですけど……」
「ミレイユ、あなた……それゴブリンの血でしょ。吸血鬼がそんな汚し方、恥よ?」
「だってぇ! あいつら跳ねるんですって! 想定外ですってば!」
カーミラはため息をつきながら、口元だけ微笑した。
「まったく……次から洗い替えを持ちなさい」
「はぁい……でも、ゴブリンの血とかマジ無理です。色も臭いもヤバいっす」
カーミラが冗談めかして肩をすくめる。
「だったらエルフの血のほうが――」
「先輩、それ言っちゃダメなやつ!」
「冗談よ」
二人の声は軽いのに、
暗闇でミレイユの爪が“スッ”と伸び、
近づいたゴブリンの目を三つ同時に貫いていた。
敵地の方へ2人は音もなく歩きながらしゃべっていた。
その声は2人以外には誰も聞こえない、吸血鬼特有の喋り方だった。
倒れたゴブリンよりも先に、また笑う声が響く。
「……先輩、さっきの子。サガって人間」
ミレイユが眠るサガを見て鼻を鳴らす。
「なんか……光ってません? あれ」
「うん。気づいた? 体内のマナの流れが、普通じゃない」
カーミラの声音には、珍しく熱があった。
「え、先輩のタイプ?」
「違うから!」
「えー絶対好きっすよ、ああいう無自覚系」
「違うって言ってるでしょ!」
ミレイユがニヤニヤしながら肩を爪先で突く。
「……あの光、よく見えたわね?
近くじゃないと分からないレベルなのに」
ミレイユは鼻を鳴らした。
「カーミラ様……わたし夜目は効くんですよ」
カーミラが吹き出す。
「ぷっ!! 何その人間みたいな言い方……! くくっ」
「でもなんで人間がエルフのとこにいるんですか?
マジお腹すいちゃうんですけど」
「そういえば……なんでいるんだろうね」
「てか、種族違うのにいきなり戦場って……過酷じゃないっすか?」
カーミラは少し黙った後、苦笑した。
「……考えてなかった。
マナばっか見て、状況のほう忘れてたわね。なんで人間が森に入れるんだろ?」
ミレイユが肩をすくめる。ゴブリンの首が3つ地面に転がった。
「先輩らしいっす」
その時ふとミレイユが思い出したように言う。
「あ、そういえば先輩。ヴァルニア様が先週、補給で来てましたよ?」
バチン、とカーミラの肩が跳ねた。ゴブリンが5匹串刺しになった。
「……は!? おねぇさまが!? な……なんか言ってた?」
「いや、特には……」
ミレイユが言い切るより早く、
木陰から飛び出したゴブリンが爪を振り下ろす。
瞬間、二人は消えた。
次の瞬間。
ゴブリンの背後で、
ミレイユの爪が喉元をざっくり裂いていた。
「……はあ。バレてませんよ、多分? 例の“人間の高級血”の件」
「っ……! ……バレたら殺される……でもさ……残すほうが悪いよね♡」
ふたりは笑いながら、影へ溶ける。
そこからはもう“狩り”だった。
ふっ。
ふっ。
ふっ。
暗闇から暗闇に跳び移るたび、
ゴブリンが音もなく消えていく。
会話のテンションは軽口なのに、
動きは残酷で、速すぎて、獰猛で――
吸血鬼らしい夜の舞踏だった。




