ゴブリン族長グロムの狂喜と、三強者の戦いの影
ゴブリン族長グロムは、久方ぶりに腹の底まで食物が満ちていた。
肉の油が口の端を滴り落ち、腕についた血を舌で舐め取る。
(これだ……これだ! 俺たちが求めていたのは……この満たされる感覚だ!)
思考の端が痺れるほどの快楽。
満腹は暴力より甘く、死よりも強烈に“生”を叩き込んでくる。
「ギャ……ギャギャギャギャッ!!」
笑い声が夜空に突き刺さる。
死体をまたぎながら、周囲を見渡す。
仲間のゴブリンたちは、ある者は血まみれで寝転び、
ある者は拾った臓物をくちゃくちゃ噛み、
ある者は死体を枕にして爆睡している。
(同胞が死んだ? 構わねぇさ。むしろ口減らしだろうが。)
(種が残りゃいい。強い奴だけ残ればそれでいい。)
明日。
もっと北だ。
もっともっと満たされるものがあるはずだ。
グロムには直感で分かった。
(ああ……マナだ。強いマナが北に集まっていやがる……!)
(向かう方向が分かるだけで、笑いが止まんねぇ……!行けるとこまで行くしかねぇ!)
笑いながら、グロムは腹を叩いた。
「生きるってのは、こういうことだぁ!!ギャギャギャギャッ!!」
◆
次の昼すぎ少し離れた前線。
日が差す中、倒れ伏すゴブリンの死体の山を踏み越えながら――
三つの影がゆっくりと戦場を戻っていた。
団長リュシアン。
エースのナリス。
そして警備班長ヴァーナ。
三人とも、まとっている空気が違う。
人間の世界であれば“圧倒的”と評される強者たちだが、
この世界ではまさに“異種の怪物”だ。
リュシアンは銀の刃を払った。
風が巻き上がり、血の飛沫だけが舞う。
彼の剣は、斬るより先に“風圧で内部を砕く”。
華麗。
無駄がない。
ひと振りで三体、息すらする暇なく崩れ落ちる。
ナリスは無表情のまま歩く。
足音がほとんどない。
気づけば敵の背後に立っており、
次の瞬間には首が地面を転がっている。
“斬った”のではなく“通り抜けた”。
それだけ。
ヴァーナは盾を構え、
笑顔で敵の群れに突っ込み、
豪快に吹き飛ばす。
しかし動きは獰猛な獣のようで、敵を捕らえると骨を捻り折るように処理した。
そして――
その三人の戦場の後方で。
サガは、息を切らしながら必死に走っていた。
糸を張り、足を絡め、
硬化させて刃にし、
それでも追いつかれ、
それでも切り抜け、
それでも転び、泥と血で顔を汚した。
ゴブリンの爪が頬をかすめれば、
死が指先ほどの距離にあった。
(こんなの……こんなの戦いじゃない……!)
レティアの風が横をかすめ、
五体のゴブリンがまるで捻じられた草のように吹き散った。
「サガ、こっち! 下がって!」
救われる。
何度も、何度も。
自分だけが“守られている”ことが痛いほど分かる。
エルフたちは華麗に。
吸血族は凶暴に。
自分は――必死に生き延びるだけ。
それでも、サガは糸を張り続けた。
手は震えても、心が折れそうでも。
(生きたい……)
その思いだけが、糸を引く力になった。
日が完全に落ちる頃、
サガは糸を張ったまま泥に倒れ込み――
ついに眠りへ落ちた。




