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サガの悪夢とレティアの沈黙

戦が終わったあと、サガは燃え尽きたように倒れこみ、いつしか眠っていた。

荒い呼吸が少しずつ落ち着き、泥と血にまみれた指が微かに痙攣している。


レティアは遠くからその姿を見つめていた。

焚き火の明かりが揺れ、サガの影を歪ませる。


……今日は、見過ごせないものを見た。


ミストラを“具現化”する。

それはエルフの歴史のどこにも記録されていない芸当だった。


風の魔法は、流れるミストラの“向きを変える”補助術だ。

風そのものを生むわけでも、刃に変えるわけでもない。

ただ、森を読む知恵であり、戦術のひとつにすぎない。


吸血族は血にミストラを混ぜ、流れを変えて血魔法にする。

しかし具現化はできない。

炎や雷のように“別の形”に変換することもできない。


けれどサガは……

ミストラそのものを“糸”に変え、自在に操った。


(あり得ない……何者なの、あなたは……)


レティアは毛布をそっとサガの上にかけた。

触れたら起こしてしまいそうで、手が震えた。


「……こんな扱い方、誰が教えたの……?」


けれどすぐに胸の奥が熱くなる。

怒りでも、嫉妬でもない。


罪悪感だった。


森に現れた“未知の存在”として、

敵かもしれないと疑い、連行し、

エルフの服を着せ

事情もわからぬまま戦場へ駆り出したのは――エルフ側だ。


(……私たちは、あなたにひどいことを……)


レティアは火に背を向け、夜の風を吸い込んだ。

冷たいのに、胸だけが焼けるように痛い。


――その頃、サガは夢の中に沈んでいた。



永遠に終わらない“波”が襲ってきた。

最初はゴブリンの群れだった。

だが気づけば、切り落とした腕。

潰れた頭蓋。

皮膚が裂け、骨が覗き、何かの内臓が地面を引きずりながら迫ってくる。


ぶよぶよとした、肉の渦。


血に濡れた手足がサガの足首に絡みつき、

どろりとした首だけのゴブリンが、腹の底から空気の抜ける声を吐く。


「――――イキロ……」


「やめろ……離れろ……!」


サガは剣も糸も持っていない。

ただ押し寄せる肉の海の中、足が沈み、

膝まで、腰まで、胸まで、血と肉と骨の泥濘に沈んでいく。


「やだ……やだ……もういやだ!!」


叫んでも、音にならない。

喉が張り裂けるだけだ。


腕が引きずられる。

冷たい。

生ぐさい。

体温が奪われていく。


頭の上から、何かが落ちてきた。


ずるり、と目の前に落ちたのは――自分の手。

自分の糸が、自分の手を切り落としていた。


「っ……!!」


息が詰まり、肺がひっくり返りそうになる。



「――っ!!」


サガは跳ね起きた。


胸が痛い。

喉が焼ける。

呼吸がうまくできない。


手が震え、背中は汗で濡れ、

目の前の世界が“まだ夢の続き”のように見えた。


「……いやだ……」


小さな声が漏れた。

誰にも見られたくない声。


けれど、生きねばならない。

こんな世界でも――。


サガは震える手で顔を覆い、

ゆっくり、ゆっくりと息を整えた。


外ではまだ、風が、火が、誰かのすすり泣きが、夜の中を漂っている。


何かが変わった。

戻れない方向へ、確実に。

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