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出陣決定と三者の動き

ユグドラシルの麓に薄い霧が立ちこめ、

夜明け前の灰色の光が、長老議場の窓を静かに満たしていた。


議場の奥では、五名の長老が小声で言い争っている。

正面に置かれた水盤には、南端の揺らぎがぼんやり映し出されていた。


「――外来者は留め置くべきだ。里の中で監視すればよい。」

保守派のオルヴィンが硬い声を出す。


「いや、力を確かめるべきだろう。」

ロークは水盤を睨みつけたまま続ける。

「訓練場での報告は聞いている。あの“糸”…どこから出てきた。」


「使い捨てる気か?」

スヴェルが睨むように問うと、ロークは肩をすくめた。

「必要ならばな。」


「……戦場に出せば、何が隠れているか見える。」

イリスが静かに言う。

声は柔らかいが、考えは冷たい刃に近い。

「観察としては理にかなうわ。」


シーラだけが沈黙していたが、

その手はすでに机の下でメモを折り曲げている。

そこには、昨夜密かに進めた軍備準備計画の指示がまとめられていた。


――南端は待ってくれない。


完全に理解しているのは彼女だけだった。


「出陣は避けられない。

 ならば、あの子をどう扱うかは……出た後に決めるしかないわね。」


静かに呟いたシーラの声に、

議場に重い沈黙が落ちた。



出陣の号令が里に響き渡るころ、

サガは半隔離の小屋で胸の奥の不安を抱えていた。


ピノと甲州の気配だけは、

森の向こうから確かに感じる。

けれど――振り返る余裕がないほど、

外では太鼓と駆鳥の鳴き声が重なり始めている。


扉が開き、レティアが立っていた。


いつもの鋭さよりも柔らかい光を瞳に宿し、

彼女は何も言わずサガの手を取る。


「行くよ、サガ。

 ……わたしも一緒だから。」


短い言葉だった。

けれど、そこには守るという迷いのない覚悟が宿っていた。

サガの胸のざわめきは、自分でも説明のつかない温度を帯びる。


広場へ出ると、駆鳥が列を成し、戦士たちが装備を整えていた。

吸血族の混成部隊も揃い、隊列はまるで嵐の前の海のように緊張している。


その中で、ひとつの影がサガに近づいた。


深紅の外套。

吸血族の外交官にして戦士、カーミラ。


彼女は歩みを止めると、

まるで光の筋を見るように、サガの体内の“ミストラの揺らぎ”を覗き込んだ。


挑発でも、興味本位でもない。

もっと深い――捕食者とは違う種類の、

存在構造そのものを見るまなざしだった。


「あなたも来るのね、サガ……」

彼女の声はひどく静かで、ひどく妖しい。

「楽しみだわ。こういう“変化”は、戦場のほうが本性を見せる。」


レティアの眉がひくりと動く。


「……その言い方、やめてください。

 サガを試す場所じゃない。」


「試すのは世界よ。」

カーミラは微かに笑い、隊列へと戻っていった。


レティアはしばし沈黙し、サガの手を強く握り直す。

「気にしなくていい。あなたは……わたしが守る。」


サガは言葉を失う。


騎士たちの号令。

吸血族の低い整列音。

駆鳥の蹄が地を叩く。


世界が、否応なく動き出した。


そしてその中心に――

まだ自分の力さえ理解していないサガが立っていた。


やがて太鼓が鳴り響く。


出陣だ。

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