目覚める ― 森と喪失の中で
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――光。
視界を割って、眩しい閃光が走った。
次いで、金属が軋むような痛みが頭の奥を叩く。
「……ん、ぐ……っ」
身体が重い。
いや、“自分の身体”なのかすら一瞬わからなかった。
焦げた匂い。
冷たく湿った空気。
船の天井らしきものが、ゆっくりと輪郭を持ちはじめる。
「……ベ……ラ……?」
自分の声が、どこか遠い。
鼓膜に届くよりも先に、脳が処理を諦めているような感覚。
――数秒遅れて、ようやくベラの声が聞こえた。
「サガ様……意識、確認……稼働状態、安定……っ」
顔を向けると、ベラの半分が壊れていた。
バイオスキンが剝がれ、中のフレームが露出し、光素子がぱちぱち火花を散らす。
その姿を見ても驚きがわかない。
感情が働かないのではなく、脳がまだ“驚く”という反応までたどり着けていない。
「……ここは……どこ……?」
言葉を紡ぐのも、息を吸うのも、すべてにワンクッションの遅れがある。
ベラが答える。
だがその声はいつもの滑らかさを欠き、どこかぎこちない。
「位置情報……測定不能。大気組成は地球類似……ですが、特定できません……
外部環境に、生体反応は……微弱」
サガはゆっくり身体を起こす。
視界の端で、壁に埋もれるように横たわる誰か――
「……ピ……?」
名前を呼ぼうとした瞬間、頭がズキリと痛む。
思い出せない。
いや、“思い出そうとすると、思考が霧に沈む”。
名前の端だけ浮かんで消える。
ピ……?
ピノ?
ピコ?
違う、確か……?
隣にもう一人、影がある。
誰か。
知ってる誰か。
でも、思考がそこに行かない。
脳のどこかが、まだ目覚めていない。
ベラだけが断片を繋いでくれる。
「お二人とも……仮死状態にあります。生命反応は安定。
ですが……なぜサガ様だけが先に……」
ベラ自身にも分からないらしい。
当たり前だ。
サガも、何一つ分からない。
船体の外は、裂けた隙間から光が差し込み――
その光景を見て、サガは言葉を失った。
森。
しかし、地球の森ではない。
木々の内部で、細い光の脈が静かに流れている。
時折、キラリと瞬いて消える。
木の間の空気は薄く青白く揺れ、見たことのない鳥が、ゆったりと空を横切っていった。
「……どこ……だよ……ここ……」
ベラも、断定を避ける。
「未知の惑星……である可能性が高いです。
サガ様。外部には危険反応があります。無闇な行動は――」
その声を遮り、サガはふらりと立ち上がる。
「……少し歩く……」
「サガ様、状態が安定していません」
「……行かないと……駄目な気がする」
理由なんて無い。
ただ、このままここにいるのは違う――そんな直感だけが、妙に強かった。
ベラは数秒の沈黙の後、頷いた。
「……では、周囲の状況を確認して戻ります。
サガ様が一人で歩ける距離に……目印を置いておきます」
壊れた腕から、何かの光を木の根元へ置いていく。
サガはよろよろと森に足を踏み入れた。
踏んだ瞬間――
パリッ。
葉でも枝でもない、電気が走るような音。
大地そのものが微弱に震え、体の芯がくすぐられる。
森が、静かすぎる。
風も動物の気配もない。
ただ、光る木々だけが生命を主張していた。
森の奥へ進むたび、脳がほんの少しずつ鮮明になっていく。
けれど同時に、胸の奥で“何か大事なこと”が抜け落ちている空洞だけが広がっていく。
……俺、誰とここに来たんだっけ?
踏みしめた葉が、硬いガラスの破片のようにパリリと鳴る。
湖のほとりに出る。
光がゆっくり揺れる鏡のような水面。
その向こうに、空を貫く巨大な樹の影が見える。
美しい。
恐ろしい。
現実感が無い。
「…………」
サガはそこで、ようやくひとつだけ確信した。
ここは、もう地球じゃない。
その瞬間――
茂みの奥が電撃のように光った。
バチッ。
サガは反射的に身をすくめる。
自分の心臓の音だけが、森全体に響くように聞こえた。




