森の朝、サガの違和感
ユグドラシルの光が差し込む朝、訓練場の空気が薄く揺れていた。
サガの周囲だけ、目には見えない細い糸がふわりと漂う。
ミストラの粒子が“何かに引かれたように”形を変えようとしていた。
木刀を構えたサガの足は、少し震えていた。
レティアが真横に立つ。
冷静さの中に、わずかな戸惑いを忍ばせた声。
「……サガ。やめて。今日のあなた……疲れてる」
三人組が駆け寄る。
「おいサガ、顔色わっる」
フィオレンが木刀でサガの背を軽くつつく。
「寝てないんでしょまた。昨日も小屋から灯り漏れてたし」
ミュレルがため息をつく。小言は多いが優しい。
リアンは無言でサガの額に手を当てて体温を確かめ──首をかしげた。
「……熱じゃない。ミストラ反応、ズレてる」
「ズレてるって何それ怖い」
「知らん、本人に聞け」
わちゃわちゃとしたやり取りが、重くなる空気を少しだけ軽くした。
***
そこに、ばさりと白衣が揺れた。
「失礼しますよレティア嬢! サガ殿、その糸……ちょっと採っても?」
巫女学術院の若き研究者、トラヴィスが勢いよく登場。
手には妙な採取器具。目はいつも以上に輝いている。
レティアが眉をしかめた。
「もう……トラヴィス。今日は巫女代理のエリュナの祈祷の日でしょ?
ちゃんと仕事に戻りなさいよ」
「エリュナ殿には“途中で珍しいもの見たら戻る”と伝えてあります!」
胸を張るトラヴィス。
いや、それ仕事放棄では──とミュレルが小声で突っ込んだ。
トラヴィスはサガの周りのミストラ糸に器具を伸ばし──
ぱちん。
触れた瞬間、糸が霧のように散って消える。
「……消えた!? やはりダイヤ蜘蛛の糸では……」
「違うって言ってるでしょ。サガから出てるんだから」
レティアの冷ややかな一言。
トラヴィスはノートを取り出し、尋常じゃない速度で書き始めた。
「ミストラ構造……可視化……一瞬……記録不能……エリュナ殿に報告を……ああもう!」
サガは息を整えながら、その騒がしさをぼんやり聞いていた。
胸の奥で何かが脈打つように、ミストラがざわめいている。
その気配を裂くように──
高い木の枝で、一羽の黒いカラスが羽を震わせた。
森の生き物らしからぬ、深い黒。
その視線はサガに釘付けだった。
まるで、
“この異変をずっと待っていた”
と言わんばかりに。
サガは目を細めて、黒い影を追った。
気配だけが、静かに胸の奥に残る。
ミストラの震えは、先ほどより強くなった。




