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サガの孤独

サガの隔離小屋の朝は、いつも静かだった。


窓の外では、細い枝に付いた“ミストラの滴”が青く脈動し、

風が吹くたびに淡く光の粒が流れていく。


だが、その景色を見てもサガの胸はほとんど動かなかった。


(……ここがどこかも、どうして自分だけ生きているのかも分からない)


焦りも混乱も、頭に埋められたHECチップに抑えられたまま曖昧な霧に溶けていく。

だからこそ、余計に孤独だった。



外で衣擦れの音がした。


レティアが来たとすぐに分かった。

彼女の歩き方は静かで、でも枝葉がわずかに揺れる。


扉が開く。


「……体調は?」


レティアはいつも必要最低限の言葉しかしない。

それでも、その目だけは“気にかけている”のが伝わる。


「大丈夫。よく眠れた」


「そう……それなら」


言いかけて、レティアは少しだけ迷う。

いつもこの“間”がある。



彼女の一族は保守派に近く、

「外来者に深入りするな」と強く言われているらしい。


それでも、レティアは朝になると必ず来た。


「……気晴らしに、里を少し回ろうか?」


小さな提案だったが、サガにとっては唯一の“外”に触れる時間だった。



森の道。

ミストラの薄膜が漂い、鳥の羽が虹色に反射する。

遠くで子供のエルフが木の枝を渡りながら遊ぶ声がする。


サガはぼんやり眺めていた。


「あなた、表情が動かないのね」


レティアがふいに言う。


「……そう、らしい」


「らしい?」


「自分じゃ、よく分からない」


レティアは横目でサガを見る。


「でも、何も感じていないわけじゃないんでしょう?」


サガは返答に詰まった。


不安、喪失感、焦り――

それらが混ざって、ただ処理できずにいる。


「……分からない時は、分からないでいいと思うよ」


レティアの声は淡々としているのに、不思議と温かかった。



その瞬間。


横から乱暴な声が飛んだ。


「――おい、人間。昨日の続きだ」


昨日とは違う第一戦線部隊の若い戦士たちが近づいてくる。

レティアは眉をひそめた。


「また……?」


「ちょっと試したいだけだ。禁域帰りの“異常者”が、どれほどか」


「やめて。彼は――」


「大丈夫、レティア」


サガは前に出た。

むしろ、少し体を動かしたい気分だった。


エルフの戦士が木刀を構える。


「かかってこい、人間」


サガは深呼吸し、日本式の“中段の構え”を取った。

エルフ達がざわつく。


「何だ、その奇妙な姿勢は」


「型……だよ」


その瞬間、戦士が踏み込む。


◆ 木刀が空を裂き、サガの腕に叩きつけられ――音だけが響いた。


サガは一歩後退したが、皮膚にはほとんど傷がない。


(……まただ)


身体のどこかで、細い糸のようなものが一瞬だけ動いた気がした。



「なんだ、こいつ……全然効いてない……?」


戦士たちの視線が尖る。


「もう一撃だ!」


次の瞬間、別の戦士が横から飛ぶ。

レティアが止める暇もなかった。


サガの背筋を、何かが走った。


(やめろ――)


◆ “伸びた”。


指先から、透明で細い“糸状の何か”が一瞬だけ射出される。

戦士の手首に絡まり――


バチン、と硬化する。


「――ッ!? 腕が……動かないッ!」


戦士の体が空中で固定される。


その隙にサガは本能で踏み込み、

一撃だけ腹に叩き込んだ。


重い音と共に戦士が吹き飛び、砂地に転がる。


訓練場が凍りつく。


レティアも、他のエルフも、誰も声を出さない。


風さえ止まったようだった。


「……サガ……今のは……?」


サガは自分の手を見つめた。

指先から流れ落ちる微細な光の糸――すぐに霧のように溶けた。


「……分からない…」


それは“敵意”ではなく――

ただの“拒絶反応”だったのに。


しかし周囲がそう見てくれるはずもない。


訓練場には、恐怖と驚きと、

そして確信が満ちていた。


――この人間は、ただの外来者ではない。


レティアの喉がわずかに震えた。


(サガ……あなたはいったい、何者……?)


その問いは、森全体にも広がっていくのだった。

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