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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 最終章 アリアの選んだ未来

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第94話 求婚の続き

最終話まで後1話!

 勝った。

 その事実は、戦場で見るより、王都の空のほうがずっと信じにくい。


 ガルディア王都の大広場は、昼なのに星みたいに光っていた。

 勝利を祝う結界灯が空気を揺らし、旗が風を切り、民の歓声が石畳を震わせる。


 俺は、その真ん中に立つのが苦手だ。

 魔術の陣なら、ど真ん中でも平気なのに。


 隣に立つ彼女は、平然としているふりをしている。

 いつも通り背筋を伸ばし、髪をまとめ、黒い外套を肩にかけているのに、指先だけが少し落ち着かない。

 俺はそれを見て、息を吐いた。


「緊張しているのか」

「していません。たぶん」

「たぶんは禁止だ」

「きょうは意地悪ですね、セイジュ様」


 俺の意地悪は、必要なときにしか出ない。

 今日は必要だ。逃げ道を塞ぐために。


 広場の演壇には、アレクシス王が立っている。

 その傍らにユリウス宰相。紙束の角がやけに整っていて、いつもの顔でいつもの悪だくみをしているように見える。


 こちらに気づいたユリウスが、口元だけで笑った。


「団長、段取りは確認済みです。逃げられませんよ」

「逃げるのは俺ではない」

「そうでしょうね。逃げるのは、あの方です」

「失礼だな」


 背後で、魔導具を抱えたノエルが小さく咳払いをした。

 結界灯の制御盤を持つ手が、なぜか誇らしげだ。


「師匠、音声増幅は完璧です。ささやきでも広場の端まで届きます」

「余計な機能を付けたんですね」

「必要ですよ。団長、恋愛耐性が薄いので」

「ノエル」

「はい、静かにします」


 静かにする、と言いながら、目がきらきらしている。

 こいつは戦場より、この手のイベントのほうが危険だ。


 リカルドが横から肩をすくめた。


「団長。決めたなら、やるだけです。現場は俺が守ります」

「すでに守られている。……助かる」

「珍しく素直」


 俺が素直になる日は、世界が燃えかけた日と、彼女の前に立つ日だ。


 アレクシス王の声が広場に落ちる。

 魔術で整えられた声は、鋼のように冷静で、同時に温度があった。


「ガルディア王国は、諸国と手を取り、大陸を覆う危機を退けた。だが勝利は、軍だけのものではない。技術が守り、知恵が繋ぎ、覚悟が支えた」


 拍手が波になる。

 俺は、その波の中で、彼女だけを見る。


「ここに、ガルディアの守護者として、そして諸国を繋いだ魔導師として、アリア・レインを讃える」


 彼女の名が呼ばれた瞬間、歓声はさらに高くなった。

 王都の民は遠慮がない。嬉しいときは全力で叫ぶ。

 彼女はほんの少しだけ眉をひそめ、すぐに小さく笑った。


 ほら、やっぱり緊張している。


 演壇へ向かう彼女の歩幅は落ち着いている。

 ただ、その背に乗る視線の重さは、戦場の魔物より厄介だろう。


 王は彼女に、記念章を渡した。

 結界紋が刻まれた銀の飾り。国境の砦に刻まれているのと同じ意匠だ。

 彼女が受け取った瞬間、記念章が淡く光った。

 魔力に反応しただけだ。だが、広場はまた沸いた。


 俺は歩みを進める。

 予定ではここからだ。


 ユリウスがさりげなく俺の背中を押した。

 押されたのは物理ではなく、政治だ。


 俺は王に向かって礼をする。


「陛下。発言の許可を」

「許す。セイジュ・アルバート、そなたは今日、何を述べる」


 俺は答えを用意してきたはずなのに、口が乾いた。

 戦場で詠唱が止まったことはない。

 だが今、呼吸を整えるのにほんの少し時間が要る。


 彼女がこちらを見た。

 銀の記念章が胸元で揺れている。


 俺は、決めた通りに言った。


「アリア・レイン。君はガルディアの守護者であり、世界を繋ぐ魔導師だ」

 広場が静まり返る。

 耳が痛いほどの沈黙の中で、俺は続ける。


「俺は君を、誰の所有物にもさせない。国の道具にも、都合のいい神話にも」

「セイジュ様……」


 彼女の声が混ざる。

 その瞬間だけ、俺の胸の奥の何かがほどけた。


「それでも、俺は欲しい。君の隣を。君が選んだ未来の、すぐ横を」

 俺はさらに近づき、まっすぐ告げる。


「ガルディア王国宮廷魔導師団長として、そして君を愛する男として。アリア・レイン、俺と結婚してくれ」


 沈黙が弾けた。

 歓声が爆発し、足元の結界灯が派手に明滅した。

 ノエル、余計な演出をするな。


 彼女が息を吸うのが見えた。


 そこで、俺は気づく。

 これ以上は、俺が語るべき場面ではない。


 光の中の彼女が、何を選ぶのか。

 その答えは、彼女の言葉で聞かなければ意味がない。


 だから俺は、ただ見守る。


 *


 世界が、急に静かになった気がした。

 さっきまで広場を埋めていた歓声も、結界灯のきらめきも、全部が薄い膜の向こうにあるみたいに遠い。


 目の前にいるのは、セイジュ様。

 黒髪と銀の瞳。あまり表情が動かないのに、いまは明らかに緊張している。


 変なの。

 魔物の群れの前では平気な人が、私の返事を待つだけで息を詰めている。


 胸元の記念章が、まだ熱い。

 たぶん、さっき私の魔力に反応して光ったせいだ。

 その光は、アストリア王城前で投影を消したときの、あの光と少し似ている。


 さよならのかわりに、と言った。

 私は戻らない、と言った。

 そして、戻らない場所があるなら、帰る場所もある。


 私は視線を上げて、セイジュ様を見る。

 逃げ道は、もうない。


 でもそれは、怖いという意味じゃない。

 好き勝手に選べる、という意味だ。


「今度は、私が自分の人生を自分で選びます」


 自分の声が、思ったより落ち着いて聞こえる。

 ノエルの増幅魔導具のおかげで、広場の端まで届いているのだろう。

 恥ずかしい。あとで説教しよう。


「私は、ずっと誰かの期待に合わせて働いてきました。役に立つならと、便利ならと、勝手に自分を削って」

 私は記念章にそっと触れた。


「でも、ガルディアで知りました。選んでいいと。頼っていいと。守ってくれる人がいるなら、守られていいと」

 リゼットが下で両手を振り回しているのが見える。

 泣くな、と思った。たぶん私も泣きそうだ。


「だから、はい。喜んで」


 次の瞬間、広場が割れたみたいに沸いた。

 拍手と口笛と、よく分からない叫び声まで混ざっている。


 セイジュ様が、私の手を取る。

 指先が冷たい。なのに、握り返す力は強い。

 逃げない、と言われているみたいで、少し笑ってしまう。


「逃げないのか」

「逃げません。……たぶん」

「たぶんは禁止だ」

「はいはい」


 笑ってしまったせいで、さらに頬が熱い。

 私は必死に真面目な顔を作って、アレクシス王に向き直った。


 王は、驚いた顔をしていない。

 ただ、ほんの少しだけ目を細めて、頷いた。


「よい。国は人を讃えるが、人の人生は国が決めるものではない」


 言葉は短いのに、背中を支えてくれる重さがある。


 ユリウス宰相が、いつもの調子で口を挟む。


「では陛下。婚姻に伴う肩書と予算の整理を」

「待ってください、予算って」

「必要です。結婚は研究と同じで、資材が要る」

「政治が強い……」


 セイジュ様が小さく咳払いをした。


「式の日取りは譲らない」

「まだ何も決めていませんよ」

「決める。ユリウスが」

「聞こえていますよ。すでに候補日は絞っています」


 速すぎる。

 私の人生の主導権を取り戻したはずなのに、周囲の主導権が強すぎる。


 そのとき、ノエルが顔を出し、わざとらしく目を丸くした。


「師匠。魔力的にはもう夫婦ですよね」

「ノエル」

「はい、静かにします」


 静かにしない。

 リゼットがノエルの首根っこを掴み、ずるずる引きずっていった。


「ほら天才くん、空気読め。今は砂糖の時間よ」


 砂糖の時間。

 その言葉に、私は肩をすくめる。


「甘いものは研究の敵です」

「君は研究の敵を倒すのが得意だろう」

「……倒せません、これは」


 私は、セイジュ様の外套の袖を、ほんの少しだけ掴んだ。

 それは握手より弱くて、契約より強い。


 セイジュ様が、私の指先に自分の指を重ねる。


「君が選んだなら、それでいい。世界でも王でもなく、君が」

「はい。私が」


 広場の向こうで、結界灯がゆっくり色を変える。

 あの光は、ただの祝祭ではない。

 明日からの生活の、始まりの合図だ。


 戦うためでも、守るためでもない。

 共に生きるための、日々の始まり。


 私は深く息を吸って、笑った。


「帰りましょう。研究塔へ」

「ああ。帰ろう」


 この人の声が、少しだけ柔らかい。

 それだけで私は、もうじゅうぶんだった。

 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 求婚と承諾、ようやく二人が同じ未来を選べました。次回は結婚の裏で動く国際会議の駆け引きと、アリアの力を狙う者の正体が明らかに…。


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