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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編  第12章 大規模侵攻と二国連合戦

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第85話 王都外縁の攻防

 瘴気の霧が、平原の草を黒く濡らしていく。

 俺は前線の土を踏みしめ、盾列の間を走った。王都ルクスリアは背中にある。ここを抜かれたら、あとは門と壁しか残らない。


「間を詰めるな! 突進は結界で受ける! 受けたら横から削れ!」

 怒鳴ると、ガルディアの兵はすぐ動く。問題はアストリアの騎士だ。

 よろいが立派で、動きが固い。守り方が壁寄りすぎる。


「貴殿ら、前へ出ろ! ここは城壁じゃない!」

 俺が叫ぶと、相手の隊長が一瞬だけ顔をしかめた。だが、次に頷く。

 今は揉めている暇がない。


 耳飾りが熱を持った。上から声が落ちてくる。


「カイル、北西。群れが厚い。右へ回して」

 短い。余計な感情がない。けれど、俺の背中を押す声だ。


「了解! 第2小隊、右へ! 走れ!」


 見上げると、空に浮遊艇がいる。甲板の端に、小柄な影。アリアだ。

 その周りで、結界が淡く光っている。見せびらかす光じゃない。必要な分だけの、冷たい光。


 前方で、セイジュ団長が魔物の群れへ踏み込む。

 静かで、怖い。怖いのに、味方だと思うと背筋が伸びる。


 魔物が結界にぶつかった。膜が鳴る。

 俺は盾列へ手を振った。


「受けろ! 押し返すな! 耐えろ!」


 次の瞬間、地面が震えた。角のある巨体が、結界へ突っ込んだのだ。

 光が走る。ひびみたいな線が一瞬だけ見えた。


「まずい…!」


 俺は無意識に空を見た。アリアが甲板に膝をつき、何かを必死に掴んでいる。

 頼む。切れないでくれ。俺たちの前線も、王都の命も、あの膜に繋がっている。


  *


 足元が揺れるたび、胃の奥がふわりと浮く。私は今、アストリア王都ルクスリアの上空にいる。

 正確には、ガルディアが持ち込んだ浮遊艇の甲板の上だ。下を見れば、城壁の外に広がる平原。さらにその向こう、瘴気の霧がうねり、黒い点が波のように押し寄せてくる。


 王都の空は、昔より軽い。

 私が抜けてから、国の魔力の流れが痩せた。皮肉なくらい分かりやすい。


「アリアさん、外周リング、北西が下がってます! 歪み率、今…」

 ノエルが計測器の盤面を叩き、私の方へ突き出す。数字と細い光の線が、地図の上で赤く脈打っていた。


「分かってる。南側から魔力を回すわ」

 私は目を閉じ、遠隔で結界の流れを掴む。大地に刻まれた古い式と、私が上空から投げ込んだ新しい殻。その継ぎ目が、きしむ音みたいに鳴った。


 ノエルの計測器は、結界の歪みを数で見せてくれる。

 私は逆に、数の裏側にある感触を拾う。薄いところは冷たい。厚いところは、温かい。


「セクターB7、流量を12上げる。代わりにD2を3落として」

「了解! えっと、D2って南門の…」

「そう。今は余裕がある。人の流れも落ち着いてる」


 私は通信耳飾りに触れた。


「カイル、北西。外縁の草地、群れが厚い。右へ回して」

『了解!』

 返事がすぐ返ってくる。よし。現場が動くと、結界も楽になる。


 次に、別の回線が割り込んだ。声の主は、アストリア側の指揮官だ。よろいのこすれる音まで聞こえる。


「ガルディアの方式は横に広すぎる。城壁に近づけ、守りを固めるべきだ」

 お堅い。しかも、今それを言う。


「固めたら押し潰されます。外で受けて、薄いところで削る。結界は、壁の代わりじゃないんです」

 私は丁寧に、でも切り捨てるように答える。


「…あなたが、アリア・レインか」

「はい。土は踏みません。なので、通信だけで失礼します」

「今は感情論を言っている暇はない」

「同意します。だから、命令は受けてください。北西へ2小隊、回して」


 沈黙。次の瞬間、低い返事が落ちた。


「了解…!」


 よし。今はこれで十分。


 私は結界をもう1層、厚くする。

 外周、緩衝、内側保護。3つの層を重ね、衝撃を分散させる。膜が空気を押し、遠くで光が揺れた。人々は見上げるだろう。けれど、私は見せたいわけじゃない。守るために張っているだけだ。


 瘴気の霧が裂けた。

 先頭の魔物が、結界にぶつかる。ガラスを爪で引っかくような音。膜が歪み、ノエルの盤面の線が跳ね上がった。


「歪み率、31! 上がってます!」

「まだ耐える。衝撃、外殻で受けて、緩衝層へ流す…」


 私は意図を定め、魔力を水路みたいに組み替える。北西へ、北西へ。余裕のある南門から、細い流路を通して魔力を送る。

 結界は生き物じゃない。でも、私の中では、ちゃんと血管みたいに感じる。


 地上では矢が飛び、魔術の光が走る。

 ガルディアの隊列魔法が、波のように発動する。前列の簡易結界が魔物の突進を受け止め、中列の属性攻撃が削り、後列の補助が支える。その隙間を縫うように、アストリアの騎士が剣で切り込んだ。


 やればできるじゃない。私は心の中でだけ呟く。


「リゼット、負傷者が出たら内側に引き込んで。結界の第3リングに誘導して」

 私は別の通信へ切り替える。


『了解。幻術で道を作るわ』

 リゼットの声は、いつも通り明るい。戦場でそれがどれだけありがたいか、私は知っている。


 彼女の幻術が、平原に淡い光の道を作った。

 魔物はそれに引っかかり、わずかに進路をずらす。そこへカイルが突っ込み、横から切り払う。


『アリア、もう少し外殻、押せるか!』

 カイルの叫び。


「押せる。でも、押しすぎると内側が薄くなる。代わりに、こっちを開ける!」

 私は結界の一部を形として変える。膜をただの円じゃなく、扇にする。群れの勢いを、斜めへ流す。


 戦況が、少しだけ見える形になった。

 ノエルの計測器が、空中に光の地図を投影する。赤い線の内側に、青い点がまとまっている。青が味方。赤が歪み。紫が瘴気の濃度。


「うわ、紫が増えてます! これ、普通の魔物の群れじゃ…」

「分かってる。だから、焦らないで。数を読む」


 次の瞬間、空気が重くなった。

 群れの後ろから、ひときわ大きな影が突き出す。角が何本も生えた、岩みたいな魔物。走るたび大地が揺れ、瘴気が濃くなる。


「来る…!」


 あれが結界に当たれば、歪みが跳ねる。私は甲板に片膝をつき、浮遊艇の刻印に魔力を繋いだ。ここが揺れれば、私の制御がぶれる。ぶれたら、結界は薄くなる。


 巨体が突っ込んだ。


 轟音。結界が弾ける寸前まで膨らみ、私の歯が噛み合う。盤面の赤い線が一気に濃くなる。


「歪み率、46! 限界に近い!」

「分かってる!」


 私は緩衝層を一瞬だけ薄くして、外殻を強化する。衝撃を、横へ流す。横へ。横へ。まるで巨大な力を、丸い器の縁で受け止めるみたいに。


 それでも、結界の表面にひびのような光が走った。

 私は息を呑む。あの光は、過去に見た。崩落の予兆だ。


 通信耳飾りが、すぐに震えた。


「無茶をするな」

 セイジュの声が、いつもより低い。


「無茶じゃない。設計通り」

「設計に、おまえの心臓は入っていない」

「…入れておけばよかった」


 言ってから、後悔した。戦場で言う台詞じゃない。

 でも返事は、もっと危険だった。


「帰ったら、抱きしめる。逃げるな」

「え、今それ言う?」

「今しか言えない」


 ノエルが咳払いをした。聞こえてた。最悪。


「セイジュ! 今、外殻に傷! その個体、止めて!」

 私は話を切った。切らないと私が燃える。


「了解」


 返事が短い。次の瞬間、地上の空気が割れた。


 セイジュの魔法は、いつも音が少ない。

 静かに、杭みたいな魔力の光が空中に散り、地面に突き刺さる。私は結界の表面に、細い通路を開ける。杭だけ通して、瘴気は通さない。人も通さない。


「通すわよ。今!」

「見ている」


 杭が一斉に起爆した。

 光が走り、爆風が結界の外側だけを舐める。巨体の魔物が、悲鳴も出せずに崩れ落ち、群れの先頭が焼けて消えた。


 その爆風に合わせて、私は結界をすこしだけ前へ押し出す。

 熱と瘴気を、膜の外へ押し流す。内側に残したら、兵が倒れる。


 通信鏡の中で、リゼットが負傷兵の肩を支え、幻の壁を立てた。

 そこへ治癒の光が落ちる。彼女の魔術は派手じゃない。でも、地味に強い。戦場は、そういう人が勝つ。


『結界の内側へ! 走れ!』

 カイルが叫ぶ。私の作った避難路へ、兵が流れ込む。


 外ではまだ戦っている。

 でも、内側に引き込むべき時がある。これを判断するのが、私の仕事だ。


「ノエル、北西、歪みは?」

「35まで戻りました…! でも、紫が…上がり続けてます」

「分かった。次は数じゃなく、質が来る」


 私は平原の奥を見た。

 霧の向こうに、黒いものが揺れている。魔物の影とは違う。輪郭が曖昧で、霧そのものが立ち上がったみたいな形。


 そして、変なのはそれだけじゃない。

 結界の一部が、攻撃を受けていないのに、ゆっくり歪んでいる。脈みたいに。


「ノエル、これ…衝撃じゃない歪みが混ざってる」

「え…? 確かに。ノイズが、規則的です。誰かが…触ってる?」

「触ってる。外から。嫌な手つきで」


 背筋が冷えた。これはただの大軍じゃない。


 私は通信耳飾りを握りしめる。


「セイジュ。群れの奥に、霧が立ってる。普通の魔物じゃない。それと、結界に外部干渉がある」

「…見えた。近づくな」

「近づかない。私は上空担当だもの」

「その言い方、やめろ」


 私は小さく笑って、結界の糸を張り直した。

 次の波が、もう来ている。今度は、ただ守るだけじゃ足りないかもしれない。


 それでも私は、アストリアの土を踏まない。

 あの国が私に言った言葉を、私が守る。皮肉で、因果で、それが一番安全だから。


「さあ。戦いの続きよ」


ここまでお読みいただきありがとうございます!


外縁での攻防戦、そして衝撃ではない歪み――いよいよ敵の質が変わってきました。アリアの結界は守りであり、同時に誰かに狙われる弱点にもなり得ます。次話は、結界への外部干渉の正体と、セイジュの「近づくな」の真意が動き出します。

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