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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編  第12章 大規模侵攻と二国連合戦

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第84話  空中からの結界投射

 浮遊艇が雲を裂く前、私たちは国境の転移塔にいた。

 塔はガルディア側の岩山に突き立っていて、足元の石畳はきちんとこちらの国の刻印がある。

 わざわざ確認したのは、私が神経質だからじゃない。


 約束を、仕様にするためだ。


 塔の頂で、巨大な転移陣が唸っていた。

 研究塔の工廠が徹夜で仕上げた魔導具が、周囲の支柱にずらりと並んでいる。

 いつもの実験室なら、私はこの光景に目を輝かせていたと思う。

 今は、喉が乾くだけだった。


「主任、転移の窓は1回きりです。座標ずれたら終わりです」

「言い方」

「事実です」


 ノエルは真顔で言い切る。

 怖いのは分かる。でも正しい。

 空中に転移して、そのままアストリア上空で結界を投射する。

 地面に触れない救援。成功例はない。

 あるのは、机上の計算と、私の執念だけだ。


 カイルが腕を組んだ。

「空に魔方陣を固定するって発想、普通は狂気だ。……主任は昔からだが」

「褒め言葉として受け取るね」

「褒めてない」


 リゼットがため息をつく。

「はいはい、漫才はあと。主任、顔色悪い」

「平気。緊張してるだけ」

「その緊張で倒れたら、私が怒る」


 怒られるのは嫌だ。

 だから私は、ちゃんと息を吸った。


 セイジュは、私の横で何も言わなかった。

 ただ、転移陣の縁に立つ私の指先を見ている。

 逃げ道も、最悪の落下も、全部想定済みの目だった。


「……行く」


 私が言うと、セイジュが短く頷いた。

「落ちるな」

「落ちない」

「落とさない」


 最後の言葉が、私の背骨をまっすぐにした。


 転移陣が白く弾ける。

 足元が消える感覚。

 身体が軽くなり、重くなり、また軽くなる。

 世界が1枚の紙みたいに折り畳まれて、別の位置に広げられる。


 次の瞬間、浮遊艇の甲板に立っていた。

 きちんと、空の上に。

 きちんと、アストリアの土を踏まずに。


 浮遊艇が雲を割った瞬間、胸の奥がひゅっと縮んだ。

 懐かしい空の色。懐かしい風の匂い。

 そして、懐かしくない黒。


 眼下に見えるのは、アストリア王都ルクスリア。

 白い石造りの街並みが、薄い光の輪に守られている。

 いや、守られているはずだった。


 光の輪には、欠けがある。

 裂け目だ。

 そこから黒い波が、じわじわと滲んでいる。


「……あれだけ残していったのに」


 独り言が、唇からこぼれた。

 私がいなくても持つように、何年もかけて調整した。

 貯金魔力も、ちゃんと残した。

 それでも崩れる。崩れ方が速すぎる。


「アリア、見るな」

「見るよ。仕事だもん」


 隣でセイジュが低く言う。

 私の肩に、上着がかけられた。

 冷えるほどの高度なのに、汗が背中を伝う。

 怖いのは寒さじゃない。


 甲板の中央に、転移塔から運び込んだ補助盤が固定されている。

 補助盤の周囲には、銀色の杭が何本も打ち込まれていた。

 空に魔方陣を固定するための、物理的なアンカーだ。

 魔術は万能じゃない。だから私は、現実に寄せる。


 ノエルが膝をついて、器具の針を確認していた。眼鏡が風でずれる。


「主任、座標は合ってます。風向きと魔力流、今なら許容範囲」

「許容範囲って、ノエルの言うそれは大体無茶なんだよね」


 リゼットが笑って見せる。

 でも、その笑みの端が硬い。

 医療班の彼女がここにいるのは、誰かが倒れる前提だからだ。


 カイルは黙って、空の向こうを睨んでいる。

 いつもなら皮肉の1つでも飛ぶのに、今は口を開かない。

 たぶん、彼も分かっている。

 これは結界術の見せ場じゃない。生存率の話だ。


 通信石が鳴った。

 甲板の端で待機していた伝令役の魔導師が、石を掲げる。


「王都側、城壁より! レオン殿下が直通を求めています!」


 胃がきゅっと縮む。

 でも、逃げる時間はない。

 私は頷き、通信石に触れた。


「アリア・レインです」


 雑音の向こうで、息を呑む気配。

 次に聞こえた声は、予想より低く、疲れていた。


「……見えるか」

「見える。裂け目も、黒い波も」

「間に合うのか」

「間に合わせる」


 短く返した。

 余計な慰めはしない。

 この状況で必要なのは、言葉じゃなく、光だ。


「……頼む」


 その一言に、昔の苛立ちは湧かなかった。

 代わりに、冷たい現実が背中に張り付く。

 この国は、私の過去だ。

 でも、今守るべきなのは、過去じゃない。


 通信石を置く。

 私は深く息を吸った。


「準備、いい?」

「……いつでも」


 私は手袋を外す。

 指先が空気に触れた瞬間、魔力が皮膚の下でざわめいた。


 アストリアの土は踏まない。

 あの言葉を、私は今も守っている。

 レオンに言われたからじゃない。

 あれを守ることで、私は私の立場を守れる。

 誰の所有物でもない魔導師として、救援をするために。


 補助盤に手を置く。

 盤面の刻印が、淡く光った。


「セイジュ、固定を」

「分かった」


 彼が私の背後に立ち、片手で腰を支えた。

 もう片方の手が、私の手首を軽く握る。

 それだけで、揺れる世界に杭が打たれたみたいに、意識が安定する。


「……離したら落ちる?」

「冗談を言う余裕があるなら、まだ大丈夫だ」

「そっちの冗談は硬い」


 ノエルが咳払いをする。

「えっと、主任。結界式の展開、開始していいですか。僕の心臓が先に出そうです」

「出さないで。回収が面倒」

「ひどい!」


 小さな笑いが起きた。

 その一瞬で、私は決めた。

 やる。迷う時間は、もうない。


 私は魔力を流し込む。

 補助盤が白く輝き、空中に線が走った。


 まずは、上空で魔方陣を組む。

 私の結界は、地面の魔力脈を読むのが得意だ。

 だから、地面に触れずに張るなら、空のほうを地面にしてしまえばいい。


「展開、1層目。外殻」


 言葉に合わせて、光の円が広がる。

 円はやがて、巨大な網になる。

 空に張った薄い膜が、風を受けて震えた。


「主任、揺れが大きい。補正を」

「分かってる。北西、風が強い」


 私は指先で空をなぞる。

 光の線が曲がり、網目の密度が変わる。

 魔力を水路みたいに流し替える。

 余裕のあるセクションから、危ないセクションへ。

 結界を1枚の壁じゃなく、流れる構造にする。


 次。

 ここが、一番嫌いな工程。


 アストリアの大地に刻まれた古い式と、一瞬だけリンクする。


「リンク時間、0.7秒。主任、それ以上は引きずられます」

「0.6でやる」

「無理しないで」

「無理しない」


 私は目を閉じた。

 遠く、地面の下に沈んだ結界核の気配を探る。

 探るというより、呼ぶ。

 昔、自分で名前をつけた装置に、合図を送る感覚。


 返事は、すぐに来た。


 懐かしい。

 痛い。

 胸の奥が、ぎゅうっと掴まれた。


 あの国は、私の魔力の癖を知っている。

 私の癖は、あの国に刻み込まれている。

 だからこそ繋がる。だからこそ、引きずられる。


 足元が、ふっと軽くなる。

 浮遊艇が揺れたのか、私が落ちそうになったのか分からない。


「アリア」

「大丈夫」


 セイジュの手が、強くなる。

 彼の魔力が、ほんの少しだけ私の魔力に重なった。

 支える、じゃない。

 私の式が崩れないよう、余計な振動を吸収している。


 私はリンクを、刃物みたいに短く、鋭く切った。


 ほんの一瞬。

 でもその一瞬で、古い式の座標と規格を読み取った。

 裂け目の位置、負荷の偏り、魔力の濁り。

 自然劣化じゃない。

 誰かが、どこかで、まだ触っている。


「……後で潰す」


 呟いたら、リゼットが即答した。

「うん。あとでね。今は張って」

「了解」


「3層目、被せる」


 私は空にもう1つの円を描く。

 さっきの網の上に、さらに薄い膜を重ねる。

 古い大結界に、外側から新しい殻をかぶせる。

 元の仕組みを全部捨てるんじゃない。

 今この瞬間、壊れそうな場所だけを、包み直す。


 光が落ちる。

 雨みたいに、静かに。

 でも、あれは魔術の雨だ。

 ひと粒ひと粒が、式そのもの。


 眼下のルクスリアの上空に、巨大な輪が現れた。

 白い輪。

 次の瞬間、輪がいくつにも分裂し、街を覆う半球になった。


 黒い波が、半球にぶつかる。

 ぎし、と音がした。

 ガラスが軋むような、嫌な音。


「耐えて」


 私は息を止め、魔力を注ぐ。

 腕が痺れる。

 視界の端が白く滲む。


「主任、出力が跳ねてる! このままだと」

「跳ねさせない。流路を変える」

「それ、今やるんですか!?」


 ノエルの悲鳴に、リゼットが怒鳴り返した。

「今やるしかないでしょ!」


 私は笑いそうになるのを堪えた。

 怖いのに、いつも通りの声が聞こえると、心が折れない。


 魔力を再配分する。

 北の裂け目に集中。

 南を少し薄くして、内側を厚く。

 網の目を変えるだけで、負荷の逃げ道ができる。


 光の半球が、落ち着いた。


 眼下で、小さな点が動いた。

 人だ。

 城壁の上に、兵士が並んでいる。

 市街の屋根から、誰かが顔を出している。


 みんな、空を見上げていた。


 距離がありすぎて、声は届かない。

 でも、私は分かる。

 あの口の形。

 あの手の振り方。

 祈りの仕草。


 アリア様。

 そう呼ばれている。


 胸が、少しだけ痛んだ。

 あの国で、私は便利な道具だった。

 でも、救われた側は、道具としてじゃなく、私を覚えている。


「……守るよ。だから、生きて」


 言葉は、誰に向けたのか分からない。

 王都の人たちか。

 それとも、昔の自分か。


 セイジュが、耳元で言った。

「よくやった」

「まだ終わってない」

「分かってる。だが、今は言う」


 彼の声は、戦場の音より強い。

 私は頷いて、もう一度空を見た。


 半球の光は、確かにそこにある。

 けれど外側では、黒い波がまだうねっている。

 次は、地上が耐える番だ。


 補助盤の針が、かすかに震えた。

 ノエルが息を呑む。


「主任……王都の人、ざわついてます。通信、拾えました」

「……聞かせて」


 通信石から、遠くの雑音混じりの声が流れた。

 子どもの声。

 震えているのに、はっきりと言う。


「空に、光の輪が……アリア様、なの?」


 私は目を閉じて、短く答えた。

「そう。空にいる」


 地上には降りない。

 でも、見捨てない。


 この距離が、私の選んだ救い方だ。


 ここまでお読みいただきありがとうございます!


 空に張った仮の殻は、まだ応急処置。次話、裂け目の裏で結界を弄る黒幕の手掛かりが見つかり、アリアは「降りないまま」追い詰められます。


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