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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第11章 国際会議と条件提示

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第82話 決断のとき

 会議場の天井は高い。けれど今は、息苦しいくらい低く感じた。


 中央の映像水晶に映るのは、アストリア王都ルクスリア近郊の平原。

 黒い波みたいな魔物の群れが、じりじりと距離を詰めている。


 結界の外縁が、ところどころ白く欠けていた。

 ガラス細工の皿を落としたときみたいに、縁からぽろりと崩れていく。


 私は目を細める。

 あれは、想定より早い。


 議長が壇上で声を張り上げた。


「緊急通信の内容は以上です。諸国代表、落ち着いてください。会議は続行します。救援の可否を、ここで決めます」


 ざわめきは収まらない。

 罵声、怒号、祈り。色々な音が混ざって、耳が痛い。


 アストリアの代表席に視線が集まる。

 レオンは立ち上がっていた。顔色は紙みたいに白い。

 隣のリリアナは唇を噛み、震える手で机の縁を掴んでいる。


 私は、椅子から立った。


 瞬間、会議場の空気がひとつ固まる。

 その圧は、昔の玉座の間に似ていた。違うのは、ここにいるのが王宮の取り巻きだけじゃないこと。


 各国の王侯、宰相、魔導師長、学者。

 そして、アストリアを嫌う目も、利用したい目も、助けたい目も、全部ある。


 背後で椅子が擦れる音。

 セイジュが、私の半歩後ろに立った。黙ったまま、ただそこにいる。


 それだけで、胸の中の天秤が揺れなくなる。

 私は小さく息を吸って、壇上へ向かった。


「アリア・レイン殿」


 議長が名を呼ぶ。

 私は深く礼をして、演壇の前に立つ。


「皆さま。今、この場で合意が得られるなら、私は救援に動きます」


 ざわっ、と波が返ってくる。


「ただし、条件があります」


 言い切った瞬間、レオンの肩がびくりと跳ねた。


 私は映像水晶の方へ手を伸ばした。

 魔物の群れの、さらに奥。紫がかった霧が渦を巻いている。


「今の崩落は、穴の大きさだけが問題ではありません。瘴気が流れ込んでいる。放置すれば、王都だけでなく大陸全体の防衛線が壊れます」


 北方小国の代表が机を叩く。


「だからこそ、なぜ今まで放置した! アストリアの慢心のせいだろう!」


 南方の海商国家の女宰相が冷たく言った。


「責任追及は後にして。今、交易路が死ねば全員が飢えるわ。救援するなら、いつ、どこまで守れるの?」


 質問は正しい。

 私は頷いた。


「今から動けば、王都周辺の第1防衛圏は間に合います。ただし、時間はありません。決定は今です」


 議場のあちこちから声が飛ぶ。


「誰が指揮を取る?」

「アリア殿が行くなら、何を要求する?」

「アストリアが2度と同じことをしない保証は?」


 私は、答えを用意してきた。

 こうなる可能性は、ずっとあったから。


「救援部隊は、ガルディアを中心に連合として編成します。指揮権は、ガルディア王国の代表と、現場の魔導師団長に置く」


 セイジュが短く頷く気配がした。


「次に、結界の条件です。アストリアは、大結界システムの管理権を国際管理へ移譲してください。中枢核への監査を受け入れ、技術と記録を開示する」


 会議場がふっと無音になった。


 そして、爆発する。


「国家主権への侵害だ!」

「国の秘術を差し出せと言うのか!」

「当然だ、そんな危険な独占を許すな!」


 アストリア旧貴族派の代表が、椅子を蹴るように立ち上がった。

 怒りで顔が赤い。


「それは脅迫だ! アリア・レイン! 貴様は祖国を売る気か!」


 祖国。

 その言葉は、もう私の胸を刺さない。


 私は静かに答える。


「売りません。売るほどの価値が、今の体制にはないからです」


 ざわり。

 誰かが息を呑んだ音がした。


 私は続ける。


「結界は、祈りの飾りではありません。インフラです。独占して、維持できないなら、事故が起きる。今、その事故が起きています」


 議長が手を上げた。


「アリア殿。もう1つ、条件があると?」


 私は頷いた。

 ここが、最大の肝だ。


「私は、アストリアの土を踏みません」


 会議場が凍った。


 レオンが、喉を鳴らすのが見えた。

 私には聞こえないのに、見える。あれは、言葉の音だ。


 私は淡々と続ける。


「私の結界は外から張ります。上空、あるいは遠隔塔から、投射します。現地に降りることはしません。私が誰の臣下でもないことを、全員に分かる形にします」


 南方の女宰相が眉を上げる。


「そんなことが可能なの?」


「可能です。ガルディアの観測網と、私の結界式なら」


 説明すると長い。

 でも、ここは説得の場だ。


「アストリアの地中基底層には、古い魔方陣が刻まれています。そこにごく短い時間だけリンクし、外側から新しい殻を被せる。必要なのは、転移塔と、連携する魔導師団の制御です」


 学者席がざわついた。

 面白がっている。研究者らしい反応だ。


 北方小国の代表が唸る。


「外から張るなら、アストリアは軍を動かせるのか?」


 今度は、レオンを見た。


 レオンは立ったまま、拳を握りしめていた。

 そして、深く頭を下げた。


 椅子が軋む。

 王の動きに釣られて、アストリアの代表団が同時に立ち上がる。


「……受け入れる」


 レオンの声は掠れていた。


「条件をすべて受け入れる。どうか、救ってくれ。俺の国の民を」


 その瞬間、私の記憶が勝手に跳ねる。


 2度と、この国の土を踏むな。


 あの言葉の温度と、吐き捨てるような目。

 今の目は、違う。痛みがある。遅いけれど。


 私は、心の中でひとつだけ整理する。

 これは復讐じゃない。世界の修理だ。


 私の役割は、ここで感情に溺れることではない。


「確認します」


 私は、あえて冷たく言った。


「アストリアは、ガルディア主導の防衛システム編入を受け入れますね。結界技術の国際管理も。監査も。拒否権はありません」


「……はい」


 レオンが絞り出すように答える。


 旧貴族派が何か叫びかけたが、議長が槌を打った。


「よろしい。議題を採決に移します。賛成の国は挙手を」


 一斉に手が上がる。

 迷いがある国もある。でも、映像水晶の魔物の波が、迷いを削る。


 反対は少数。

 保留も少数。


「可決。多数決により、救援と条件は承認されました」


 議長の声が、やっと会議場の柱まで届く重さを持った。


 私は、息を吐いた。

 生きている人間みたいに、会議場が少しだけ呼吸した気がする。


 背後から、低い声が落ちてくる。


「よくやった」


 セイジュだ。

 私は振り返らずに言う。


「褒めているんですか」


「事実を言っている」


 相変わらず不器用だ。

 でも、今はそれがちょうどいい。


 私は議長に向き直った。


「では、救援作戦を開始します。連合軍の編成、転移塔の使用許可、通信網の接続。必要な手続きを、今この場で進めましょう」


 ユリウスがすぐに立ち上がった。

 あの人の目は、仕事の目だ。


「各国代表、誓約書の草案はこちらで用意している。署名は順に。時間がない」


 会議場は、怒号から実務の音へ切り替わっていく。

 紙が広がり、印章が鳴り、通信水晶が光る。


 私は演壇の横で、小さな通信石を握った。

 ノエルに繋ぐ。グラナに繋ぐ。研究塔にも。


 指先が少し震える。

 怖いのは、魔物じゃない。間に合わないことだ。


 映像水晶の中で、結界の縁がまたひとかけら、白く欠けた。


 誰かが叫ぶ。


「崩落が進んでいる!」


 私は目を閉じて、次の手順を頭の中で組み立てる。


 外から張る。

 地に降りない。

 それでも、守る。


 セイジュの気配が、背中を支える。


 私は目を開けた。


 演壇を降りるとき、レオンの視線が追ってくるのを感じた。

 謝罪でも懇願でもなく、ただ、踏みつけたものを思い出した人の目だった。


 私は視線だけを返して、口を動かさない。

 言葉を交わせば、たぶん余計なものが混ざる。


 セイジュが、私の手を取った。

 指先が熱い。


「無茶はするな」


「無茶をしないで守れたら、私は今も王宮で便利屋してます」


「……帰ってこい」


 たったそれだけで、胸の奥が少しだけ柔らかくなる。

 私は小さく頷いた。


 机の列では、各国の代表が次々と署名している。

 アストリア旧貴族派の印章が押される音は、やけに大きかった。

 悔しさで震える手。恨みの目。そういうものも全部、これからの障害になる。


 でも、今はいったん、飲み込む。


 守ると決めた。

 だから、守る。


 ここから先は、会議じゃない。

 戦場だ。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 会議は決着しましたが、本当の戦いはここから。アリアは「国に戻らずに守る」一手で外から結界を張り直します。鍵は中枢への一瞬のリンク、そして現地で蠢く思惑。セイジュの「帰ってこい」が約束になるのか——。


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