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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第11章 国際会議と条件提示

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第81話 緊急通信、結界の穴

 会議場に戻る廊下は、さっきまでより静かだった。

 逆結界は砕けた。空気の底に沈んでいた嫌な粘りが、薄くなる。


 だが、胸の奥の重さは残ったままだ。

 妨害の糸を切ったところで、向こうの崩落は止まらない。

 結界は、議論の速度に合わせてくれない。


 俺の隣を歩くアリアの通信魔導具が、また微かに震えた。

 さっきの震えとは違う。鼓動みたいに、一定の間隔で刻む。


「来ます、って……何がだ」

 小声で問うと、アリアは歩幅を落とさず答えた。


「向こうが、もう限界なんです。寿命の音が、鳴ってる」


 結界術師特有の言い方だ。

 壊れる前の、あの嫌なきしみ。空気の金属臭。

 俺にも覚えがある。


 アリアの指先が外套の端を掴む力が強い。

 俺はその手を、上から覆った。


「離れるな」

「離れません。今は、逃げ場がないので」


 冗談みたいに言うくせに、瞳は笑っていない。

 この女はいつも、背中を見せない。


     ◇


 大ホールの扉の手前で、カイルが警備兵と一緒に待っていた。

 顔に汗。だが目は冴えている。


「主任から聞いた。地下の通信室は押さえた。術式も回収できそうだ」

「犯人は」

「逃げた。だが、痕跡は残した。……これ、アストリアの貴族の癖じゃねえ。外の匂いだ」


 アリアが小さく頷く。

「第3国です。混ぜたかったんでしょう。結界の穴に、政治の穴も」


 議長に渡すよう、カイルが封印札の束を差し出した。

 アリアがそれを受け取り、俺の方へ一瞬だけ視線を投げる。

 合図だ。今は、戦ってる場合じゃない。会議を動かす。


 俺は頷き返した。

 守る。それだけは、俺の仕事だ。


     ◇


 席に着くと、議長が木槌を鳴らした。

 各国の代表がざわめきを押し殺して、前を見る。

 休会明けの空気は、酒のない宴会みたいにぎこちない。


「休会を終えます。先ほどの妨害については、レオニア側の警備が対応中です」

 議長の声が淡々と続く。

「議事は――大結界の管理体制、及びアストリア王国の責任について」


 その言葉の途中で、空気がきしんだ。


 会議場の中央に置かれた通信水晶が、青から赤へ変わる。

 緊急。そういう色だ。


 誰かが息を呑む。

 議長も、木槌を止めたまま硬直する。


「アストリア王都より、緊急通信。接続を許可しますか」

 書記官の声が、情けなくなるほど震えている。


 議長は一拍だけ迷い、すぐに頷いた。

「許可します。映像も出してください」


 水晶の光が跳ねた。

 次の瞬間、ホール上空に薄い膜が広がり、景色が投影される。


 空が、割れていた。


 雲ではない。大結界の光膜だ。

 太いひびが何本も走り、その裂け目から黒い霧が溢れている。

 霧の下には、黒い点の群れ。波みたいにうねりながら、地を覆っていた。


 魔物だ。


 角のある獣、骨の鎧を纏う影、翼を引きずる鳥の群れ。

 目が光る。数が、常識を食いちぎっている。

 映像越しでも、瘴気の冷たさが背骨に刺さる気がした。


 画面が揺れる。走りながら撮っているのだろう。

 兵の怒鳴り声。馬のいななき。泣き声。

 そして、遠くから届く低い咆哮。地鳴りのような、腹の底を撫でる音。


『こちら王都外縁、防衛線観測班! 大結界、北東区画で崩落! 裂け目拡大中!』

 映像の向こうで、甲高い声が叫ぶ。

 背後では警鐘が鳴り、兵が走り、土埃が舞っていた。


『魔物の大軍が王都近郊まで到達予測、残り……半日未満! 応急結界、限界です!』

『内壁を閉じます! 避難区画へ! 子どもを先に!』

『魔導師長は! 王城は!』

『もう足りません! 王都の護りが、剥がれていく!』


 ホールの空気が、一気に沸騰した。


「半日だと?」

「誇張ではないのか」

「いや、あの密度は――」


 誰かが席を立ち、誰かが顔を手で覆う。

 椅子が倒れる音がした。胃の中がひっくり返るようなざわめき。

 政治の言葉が、今だけは役に立たない。


 アストリア代表席の旧貴族派は、血の気が引いた蝋人形みたいに固まっていた。

 自分たちが守ってきた体面が、映像の裂け目から落ちていく。

 いや。守ってきたのは体面だけで、肝心の国は守れなかった。


 レオンは立ち上がりかけ、膝が止まった。

 王太子の肩書が、今この瞬間には重すぎる。


 リリアナが彼の袖を掴む。

 唇が動いた。たぶん、祈っている。

 この女は、いつも遅いが、いまは遅れても祈るしかない。


 アリアは――動かない。

 椅子の背に指を置いたまま、投影の裂け目だけを見ている。

 研究者が試験管を見る時の目だ。残酷なくらい、冷える。


 だが、俺には分かる。

 冷たいんじゃない。熱を漏らさないだけだ。

 漏らしたら、そこで崩れるから。


 ノエルが隣で、携帯計測器の盤面を叩いた。

「やばいです。魔力濃度、会議場で見てるのに肌がピリピリする数値です……これ、瘴気の圧も混じってます」

「落ち着け」

 俺が低く言うと、ノエルは口を結んだ。

 その喉が、嚥下で上下する。


 議長が木槌を叩き割る勢いで鳴らした。

「静粛に!」


 ざわめきが、刃物で切られたように止まる。

 議長は立ち上がり、投影を一度だけ見てから、前を向いた。


「諸君。いま我々が議論しているのは、責任の所在だけではない。生存だ」

 声は老いているのに、よく通る。

「会議は続行する。むしろ、ここからが本題だ。救援の可否を、即時に決定する」


 反射的に、いくつかの代表が声を上げた。


「自国の防衛もある。兵を出せと言われても――」

「アストリアが自国で処理すべきだ」

「だが崩落が広がれば、次は我々だぞ!」


 正論と利害が、火花みたいに散る。


 そのとき、南方の海商国家の代表が机を叩いた。

「我々の船団は沿岸を守っている。陸の魔物が海へ出れば交易路が死ぬ。アストリアを助けるなら、対価を明確にせよ」


 対価。

 それが口に出た瞬間、会議はいつもの顔に戻ろうとした。


 北方小国の老王代理は、冷たい声で続ける。

「助けるなら、二度と同じ崩落を起こさぬ仕組みが必要だ。結界技術を一国の誇りに閉じ込めた結果がこれだろう」


 学術都市の代表が、ため息混じりに口を挟んだ。

「今朝、我々の警備が押さえた妨害の札を確認した。外部工作の痕跡がある。つまり、崩落は災害であると同時に、戦略対象だ。ならば技術は国際的に監査されるべきだ」


 旧貴族派の男が立ち上がりかけ、言葉を探す。

 だが、口を開けば自分の首が飛ぶ。そう理解している目だった。


 だが、俺の目には別のものが見えた。

 旧貴族派の男の指が、震えている。

 さっきの妨害の封印札を、アリアが議長に渡しているのを見たのだろう。


 逃げ道が消えた顔だ。


 議長の視線が、俺の隣へ滑る。

 そして、会議場の視線も同じ場所へ集まっていく。


 アリア・レイン。

 かつてアストリアの大結界を張っていた女。

 いまはガルディアの結界主任で、俺の婚約者だ。


 あいつは、視線の重さを受け止めたまま、息を吸った。

 その肩がわずかに上下する。

 俺は、椅子の肘掛けの下で、彼女の指先を握り直した。

 指先は冷たい。けれど、震えてはいなかった。

 彼女の薬指に光る指輪が、わずかに水晶の赤を反射する。

 俺はその光を見て、思い出す。

 あの日、境界の風の中で、守ると決めたことを。

「息をして」

 俺の囁きに、アリアは小さく笑った。

「しています。だから、離さないでください」

 返事の代わりに、俺は指を少し強く握った。 絶対に、だ。


「……アリア」

 小さく名を呼ぶと、彼女は横目で俺を見る。

 その視線は、いつも通り落ち着いていた。


「大丈夫です。怖いのは、魔物じゃないので」

 その1言に、俺は苦く笑いそうになる。


 議長が促すように言う。

「ガルディア代表、発言を」


 ユリウスが口を開きかけた、その前に。

 アリアが、静かに立ち上がった。


 椅子が音もなく引かれる。

 それだけで、ホールの空気がさらに固くなる。


「私は政治家ではありません」

 アリアの声は、響きすぎない。だからこそ、全員が耳を澄ませる。

「でも、結界の状態と、魔物の進行速度なら分かります。映像は誇張ではありません。むしろ、遅れて届いている可能性があります」


 アストリア側の旧貴族派が、びくりと肩を跳ねさせた。

 妨害していたのは彼らだ。通信が遅れれば、現場が死ぬ。

 ざまぁ、という言葉が頭をよぎる。

 だが、今は笑えない。死ぬのは国民だ。


 アリアは一拍置き、目を伏せる。

 そして顔を上げた。


「今から、条件付きで救援案を提示します」

 その宣言が、矢のように刺さった。


 レオンが、喉の奥で何かを飲み込む音がした。

 彼はまっすぐアリアを見ている。誇りも後悔も混ざった、苦い目だ。


 議長が頷く。

「聞こう。ここにいる全員が、いま聞くべきだ」


 俺は、アリアの背中を見上げた。

 細い。なのに、倒れる気配がない。


 世界が崩れる音が、遠くではなくこのホールの天井から降ってくる。

 それを受け止めて立っているのが、俺の婚約者だ。


 だから俺は、ただ隣にいる。

 彼女が次にどんな条件を突きつけても、守るために。


 そして、あいつが選ぶ未来が、誰の顔色にも潰されないように。


 第81話までお付き合いありがとうございます。


 王都の裂け目は半日未満、会議は責任から生存へ。次回、アリアが突きつける《条件付き救援》で各国の思惑が衝突します。恋も政治も一歩も引けない局面へ――続きが気になったらブクマ&評価で応援いただけると励みになります。


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婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
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