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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第11章 国際会議と条件提示

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第80話 影の妨害者

 休会の鐘が鳴った瞬間、会議場の空気がふっと軽くなった。

 重たい視線と、言葉の刃。あれを数時間浴び続けるのは、さすがに結界より消耗する。


「アリア、顔が冷えてる」

 背後から低い声が落ちる。

 振り向くと、セイジュが私の肩に上着を掛けた。いつもの黒い外套だ。体温が移る距離が、少しだけずるい。


「冷えているのは、議論のほうです」

「おまえの皮肉は、今日は鋭い」


 そう言いながら、セイジュは私を廊下の窓際へ誘導した。

 会議場は中立都市レオニアの中心にある巨大なホールだ。各国代表の控室が環状に並び、廊下は迷路みたいに長い。


 私は紙束を胸に抱え直す。

 次の議題は、結界技術の管理体制と、アストリア救援の条件整理。ここで曖昧にすれば、世界は同じ失敗を繰り返す。


「次、私の番ですね」

「そうだ。だから休め」

「その言い方だと、命令に聞こえます」

「命令だ」


 即答だった。私が笑うより早く、彼の視線が廊下の先へ滑る。

 その瞬間、私の耳の奥で、金属が擦れるような音がした。


 きい、と。

 結界の鎖が軋む音だ。


 足が止まる。呼吸が止まる。

 会議場を守る結界は、レオニアの中立維持の象徴でもある。ここが揺れるのは、あり得ない。


「今、聞こえました?」

 私が小声で問うと、セイジュは頷いた。


「おまえの結界感応ほどじゃないが、嫌な音だ」


 そのとき、廊下を駆けてくる足音。

 ノエルだ。首から小さな携帯計測器をぶら下げ、髪が跳ねている。


「主任、団長! これ、変です!」

 彼は息を切らしながら計測器を差し出した。


 薄い板状の魔導具の上に、数値と簡易地図が浮かび上がっている。

 会議場中心の結界強度は正常。けれど周縁のある角だけ、波形が歪んでいた。


「局所的な外部ノイズ……?」

 私は数字を追う。乱れの周期が、不自然に整っている。

 偶然の乱流ではない。式だ。


「通信帯にも干渉が入ってます。今、各国の連絡魔導具、ちょっと遅延してるはずです」

「休会中に?」

「はい。次の発言の直前に、もっと強くなる可能性が……」


 ノエルの声が震えた。

 つまり、私の発言を潰すための準備。議論の主導権を奪い、アストリアに都合のいい流れを作る。やり方が小賢しい。


 私は息を吸って、頭の中で式の輪郭を組み立てる。

 結界を壊すのではなく、結界に寄生する。会議場の結界を逆流させ、通信の流れだけ詰まらせる。


「逆結界……」

 思わず呟くと、セイジュが即座に反応した。


「上に張ってあるな」

「天井ですか」

「おまえの視線が上を見た。つまり、そこだ」


 セイジュは短い詠唱で、廊下の空気に細い杭のような魔力を刺した。

 それが風の糸になり、天井へ、さらに会議場の内部へと伸びていく。


「ノエル、位置は絞れる?」

「今、追います! ……この角! 会議場の北側控室のさらに外、保守用回廊です!」


 私は紙束をノエルに渡し、代わりに小さな結界札を取り出す。

 細工があるなら、相手は結界術師。ここで瞬きほどでも隙を見せたら、逃げられる。


「アリア、俺が前」

「はい。私が後ろで、痕跡を拾います」


 言い終える前に、セイジュの手が私の手首を掴んだ。

 強い。けれど痛くない。言葉より早い合図。


「離れるな」

「離れません」


 廊下の角を曲がると、空気が冷えた。

 人気のない保守回廊。壁には古い石がむき出しで、灯りの魔導具も最小限。

 そして、足元に薄い霜みたいな光が散っていた。


 魔力の粉。

 誰かが、ここで式を展開した。


「痕跡が新しい。数分前」

 私が言うと、ノエルが頷く。


「波形、まだ生きてます。主任の結界なら逆追跡できるはずです」

「できます。けど、相手もそれを警戒している」


 私は指先を床に触れ、魔力をほんの少し流した。

 すると霜光が、糸になって走る。足跡みたいに、先へ先へ。


 その糸が、壁の隙間へ潜り込んだ。


「……外だ」

 セイジュが窓のない壁を睨む。

 私は頷いた。会議場の外周、さらに外。つまり、警備の薄い場所。


 セイジュは扉を蹴破るように開け、外周の狭い足場に出た。

 高所だ。眼下には中庭。遠くにレオニアの石造りの街並み。


 風が強い。

 その風の中に、別の魔力が混じっている。


 甘い香料みたいな、鼻につく魔力。

 アストリア式でもガルディア式でもない。第3国の癖だ。


「混ざってる」

 私がそう言うと、セイジュの瞳が細くなった。


「面倒な匂いだな」

「ええ。旧貴族派だけなら、まだ単純でした」

「外の手が入ったなら、話が変わる」


 足場の先、保守用の小さな塔。

 その陰に、人影が見えた。黒い外套。顔は見えない。だが、魔力の波形が同じだった。


 私は結界札を空中に投げた。

 札は光の輪になり、相手の逃げ道を塞ぐ。


「止まってください。ここは中立都市の会議施設です」

 私は声を張った。


 相手は瞬きほどだけ振り返った。

 その手には、紋章の刻まれた小さな金属片。アストリアの古い家の印……に見える。

 けれど、外側に異国の符号が重ね書きされている。


 彼は笑ったように見えた。

 次の瞬間、足場の石を蹴って、影のように飛び退く。


「逃がしません」

 私は結界を縮め、輪を絞った。


 だが同時に、頭上で、ぎし、と大きな軋みが鳴った。

 会議場の天井。逆結界が、起動を早めた。


 空気が重くなる。

 通信魔導具の波が、詰まっていく感覚。


「主任! 今、遅延が強く!」

 ノエルが叫んだ。


 私は歯を食いしばる。

 これは2択だ。目の前の工作員を捕まえるか、会議場の逆結界を潰すか。

 どちらが、世界の損失を減らせるか。


「セイジュ」

 私が名を呼ぶと、彼はもう理解していた。


「俺が天井を潰す。おまえは痕跡を取れ」

「はい。証拠だけは残します」


 私が相手の残した霜光を掌に集め、魔力の指紋を封じる。

 その間に、セイジュが1歩、会議場の外壁へ足を踏み出した。


 そこから先は、私の視界から少し外れる。

 だから、ここからは彼の話だ。


---


 俺は、空に手を伸ばした。


 天井に張られた逆結界は、薄い膜だ。

 壊すだけなら簡単。だが、下にいる人間を巻き込めば意味がない。


 アリアの結界は、守るためにある。

 俺の魔術は、壊すためにある。

 だから、合わせる。


「……杭、3本」


 短い詠唱で、俺は空気に杭を刺す。

 杭は光らない。音もしない。だが、逆結界の式だけを貫くように調整した。


 次に、杭を繋ぐ。

 線。3つの頂点。簡潔な図形。ガルディア式の基本だ。


 俺の背後で、アリアの魔力がふっと伸びた。

 結界が、フィルターになる。下への影響を最小にするための壁。

 頼もしい。腹が立つほど有能だ。


「……行く」


 俺が指を鳴らすと、杭が同時に起動した。

 空の見えない場所で、膜が裂ける音がした。


 ぱきん。


 その瞬間、会議場の天井が淡く光った。

 誰の目にも見える形で、逆向きの魔方陣が浮き上がる。

 あまりに露骨だ。つまり、隠す気のない工作。


「やっぱり、外の符号だな」

 俺は吐き捨てた。


 逆結界の中心に、異国の符号が絡みついている。

 そこを焼き切る。だが、燃やし尽くすと証拠が消える。


「アリア、見えるか」

 俺は通信魔導具に魔力を流した。


 今はもう遅延がない。つまり、こちらが勝った。


 返事は即座だった。

「見えます。式の写し、取れました。ノエルも記録しています」

「よし」


 俺は最後に、杭を少しだけ強めた。

 逆結界は、光の粉になって消えた。

 天井の模様も、静かに溶ける。


 下の会議場から、ざわめきが上がる。

 誰かが気づいた。誰かが怯えた。誰かが、黙るだろう。


 それでいい。

 敵が魔物だけではないと、全員が理解する。


 足場に戻ると、アリアが小さな結界札を握っていた。

 掌の中に、霜光の粒。魔力痕跡の封印だ。


「逃げられました」

 彼女が言う。

 悔しそうではない。冷静だ。だから余計に、俺の中の苛立ちが燃える。


「逃がした。だが、痕跡は取った」

「はい。つながりも、匂いました」

「旧貴族派か」

「それだけではありません。外の符号が混ざっています」


 俺は頷いた。

 そして、彼女の手を自分の手袋で覆った。冷えている。


「次の発言、邪魔はさせない」

「それは頼もしいですね」

「頼れ」

「もう頼っています」


 彼女の返事は、短くて、ずるい。


 遠くで鐘が鳴った。

 休会が終わる合図だ。


 会議場へ戻る途中、俺は思った。

 今日の妨害は、前触れに過ぎない。


 相手がここまで焦って動いたなら、アストリア本国でも何かが起きている。

 結界の寿命は、議論の速度より早い。


 アリアが、足を止めた。

 通信魔導具が震えたからだ。


 彼女は光の面を見つめ、静かに言った。

「……来ます」


 その1言で、俺の背筋が冷えた。


 次の鐘が鳴る前に。

 世界が、こちらに答え合わせを叩きつけてくる。

 ここまでお読みいただきありがとうございます!


 休会の裏で仕掛けられた逆結界——会議そのものが揺さぶられ、敵は姿を見せずに逃走しました。次話は、残された痕跡から黒い糸がどこへ繋がるのかへ。


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