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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第11章 国際会議と条件提示

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第77話 提示された三つの選択肢

 会議場の空気が、まだ冷えている。


 私が示した瘴気拡散の投影図は、天井近くの魔導灯に映され、赤い波紋みたいに広がったままだ。

 どの国の代表も、さっきまでの「糾弾の熱」とは別の種類の顔をしている。計算と恐怖と、ほんの少しの諦め。


 その中で、ひとりだけ立ち上がった。


「アリア・レイン殿……」


 震えた声。年配の学者だ。数年前、私の論文を「机上の空論」と笑った人。

 その手が、まるで重い石でも抱えているみたいに揺れている。


「あなたは先ほど、放置すればアストリアは持たない、と。10年も持たない、と言った。……あれは、脅しなのか。それとも」


 脅し。

 この場でその言葉が出るのか、と少しだけ笑いそうになった。


 私は深く息を吸って、口角を上げないまま答える。


「脅しではありません。計測値と構造上の寿命から導いた、ただの推定です」

「推定……!」


 学者の目が泳ぐ。

 その向こうで、アストリア代表席のレオンが微かに肩を強張らせた。リリアナは唇を噛んでいる。


「推定と言っても、幅があります。最短で数年。最長でも10年程度」

 私は手元の指輪型魔導具に魔力を流した。


 投影図が切り替わり、青い線で大結界の輪郭が浮かび上がる。

 そこに、蜘蛛の巣みたいな細い亀裂が走った。


「結界は布ではなく、骨格です。骨格が折れれば、上に積んだものは崩れます」

 私は淡々と続ける。

「アストリアの大結界は、過去の設計のまま、延命だけを繰り返してきた。しかも、魔力供給の要が偏っている。だから、崩れるときは部分では済みません」


 学者が、縋るように問いを重ねる。


「なら……中枢を作り替えればいい。新しい制御陣を――」

「地下の地脈が、すでに摩耗しています」

 私は即答した。

「陣だけ新しくしても、土台が持ちません。今ある骨格を使いながら、負担を散らすか、範囲を減らすしかない」


 ざわ、と会場が揺れた。

 議長が木槌を軽く鳴らし、静粛を促す。


 私は学者に目を戻す。


「質問に答えます。あなた方が今、すべきことはあります」

 私は少し間を置いて言った。

「選ぶことです」


 その瞬間、セイジュが私の隣で椅子の背に手を置いた。

 視線は前。声は出さない。

 でも、そこにいるだけで、背中の筋がまっすぐになる。


 私は演壇の端を歩き、投影図の前に立った。


「アストリアが取り得る道は、3つあります」


 数字を口にしただけで、空気がさらに硬くなるのが分かった。

 三択。しかも、どれも甘くない三択。


「1つ目」

 私は投影図の外縁をなぞる。

「大結界を縮小します。国土の一部を切り捨て、残る範囲の結界だけを作り直す」


 会場のあちこちから、小さな息が漏れた。


 投影図が変わり、青い輪がひと回り小さくなる。

 外側の都市や街道が、赤い影で塗りつぶされた。


「縮小は、技術的には最も分かりやすい。守る面積が減れば、必要な魔力量も減ります。修復も早い」

 私は、あえて淡々と説明する。

「ただし、切り捨てた地域の住民は、移住が必要です。期限付きの大避難になります」


 レオンの喉が動いた。

 彼は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。


「さらに言えば、国境線が後退します。周辺国への影響も変わる。領土問題は必ず起きる」

 私は視線を会場全体に向けた。

「これを選ぶなら、アストリアは政治的に出血します。最短で結界は立て直せても、国は揺れます」


 南方海商国家の代表、ロドリゴが肩をすくめて笑った。

 軽い声なのに、内容は重い。


「なるほど。守りは作れても、商いは死ぬってやつだな。港から逃げる人間、山ほど出る」


 笑いが起きるはずの言い回しなのに、誰も笑えなかった。

 私が頷くと、ロドリゴは唇を結んだ。


「2つ目」

 私は指を鳴らし、投影図に複数の光点を浮かべる。

「多国の魔導師を受け入れ、共同結界へ移行します。魔力供給と制御を、国単位で分散する」


 ここで、会場の反応が少し変わった。

 人は「自分の国が関わる話」になると、目の色が変わる。


「共同結界は、結界の鍵を複数にします。例えば、アストリア単独では制御できない仕組みにする」

 私は言い切った。

「そうすれば、偏った魔力供給が解消できます。寿命も延びる。領土を切り捨てずに済む可能性が高い」


 学者が、今度は希望を見るような顔をした。

 でも、その希望に、私は冷たい水をかける。


「ただし、主権は薄まります。結界の中枢に他国の魔力が流れます。情報も漏れます」

 私はロドリゴではなく、アストリア席を見た。

「あなた方は、他国に国の心臓を触らせる覚悟が要ります」


 北方小国の代表が、硬い声で口を挟んだ。


「中枢に他国の手を入れれば、工作の温床になる。共同結界など、結界を人質に取られるだけだ」

「だからこそ、監査と遮断が必要です」

 私は即座に返す。


「誰かが無理に魔力を流した場合、自動で遮断する安全機構を組み込みます。過負荷のときは外側だけを落として内側を守る。そういう設計なら、脅しが脅しになりません」

 私は投影図に、小さな鍵の紋章を並べた。

「鍵は複数。監査は常設。緊急停止の決定権も複数国で持つ。面倒ですが、それが『共同』です」


 北方代表は苦い顔をしたが、否定はできなかった。


 リリアナが、震える息を吐く。

 彼女の隣のレオンが、やっと小さく頷いた。覚悟、というより、受け入れの動きに見える。


「3つ目」

 私は投影図を大きく切り替えた。


 アストリア大結界の輪郭の外側に、もう1つの網が現れる。

 ガルディアがここ数年で整備した、新しい国境結界網。多重構造と分散制御。


 会場が、ざわっと大きく揺れた。


「自国単独維持を諦め、ガルディア主導の新システムに組み込まれます」

 私は、言葉を曖昧にしない。

「技術的には、これが最も安定します。既に稼働している仕組みに接続し、設計思想ごと更新するからです」


 セイジュの気配が、少しだけ強くなる。

 当然だ。これは彼の国の話でもある。


「ただし、これは救済ではなく、編入です」

 私はゆっくりと言った。

「結界の管理はガルディア、あるいは国際管理へ移る。アストリアは、自分の盾を自分で握れなくなる」


 レオンが顔を上げた。

 その目に浮かんだのは怒りでも悲しみでもなく、たぶん、恐怖だった。


 私の胸が、少しだけ痛む。

 それでも、私は止めない。


「あなたが昔、私に言いました。2度とこの国の土を踏むな、と」

 私は声を低くしない。高くもしない。ただ、事実として置く。

「私はその言葉を守ります。だから、助けるとしても、私は外からしか関われません。あなた方が選ぶのは、あなた方の責任です」


 会場のどこかで、椅子がきしむ音がした。


 議長が私を見て、短く頷く。

 ここから先は、政治の時間だ、と言うみたいに。


 私は最後に、3つの光点を並べた。

 縮小。共同。編入。


「この3つは、どれも苦い選択です」

 私は両手を下ろす。

「でも、苦い薬でも飲まないと、命は助かりません」


 沈黙。


 その沈黙の中で、レオニア学院の若い魔導師が、補助席から私に水差しを差し出してくれた。

 ミレイユ。目が、真剣で、少しだけ憧れを含んでいる。


「……ありがとうございます」

 私は小さく礼を言い、水を少しだけ飲む。


 喉が潤うと同時に、自分がどれだけ緊張していたかを思い知った。


 セイジュが、私の肘にほんの瞬きほど触れる。

 触れたかどうか分からないほど短いのに、心臓が落ち着く。


「付け加えます」

 私は言った。

「どの道を選んでも、過去は帳消しにはなりません」


 レオンの肩が揺れた。

 リリアナの目に、涙が浮かんだ。


 私はそこで、少しだけ声を柔らかくする。


「ただ、未来は変えられます。守れる命の数も、減らせる犠牲も」

 私は演壇の縁に手を置き、頭を下げた。

「以上が、技術顧問としての所見です」


 椅子に戻る途中、背中に視線が突き刺さる。

 賞賛も、怒りも、計算も。

 そしてその全部の中心に、アストリアの代表席がある。


 席に着くと、セイジュが囁いた。


「よくやった」

「……まだ、終わってません」


 私が答えると、彼は短く息を吐いた。


「終わらせるのは、お前じゃない。選ぶのは、あいつらだ」


 その言葉が、妙に優しかった。


 議長が木槌を鳴らす。


「ここからは、各国代表の発言を求める。アストリア王国は、今提示された3案について、立場を明確にせよ」


 レオンが立ち上がろうとして、止まった。

 喉が動いているのに、声が出ない。


 ユリウスが静かに立ち、議長へ耳打ちをする。

 次の議題が何か、私はもう分かっていた。


 責任と代償。

 そして、誰が頭を下げ、何を差し出すのか。


 私はレオンの横顔を見つめながら、胸の奥で小さく呟く。


 さあ。

 選んで。


 過去を捨てた国が、未来を選び直す瞬間だ。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 今回は「三つの選択肢」を突きつける回でしたが、次話はいよいよ誰が責任を負い、何を差し出すのか”が動きます。アリアの覚悟と、セイジュの静かな独占欲もじわっと濃くしていく予定です。


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