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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第11章 国際会議と条件提示

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第73話 招集される諸国

 机の上に広げた大陸地図は、やたらと静かだった。

 静かすぎて、逆に不気味だ。


 私はペン先を整え、白い招請状を3枚、机の中央へ並べた。

 宰相ユリウス・グランデ。肩書きの重さで腕が太くなるなら、私はもう怪物だろう。


 隣の窓の外では、ガルディア王城の夜警が灯を揺らしている。

 平和に見える。けれど今、あの空の向こうで、結界が剥がれている。


「……名称はこれで押し切る」


 私は独り言のつもりで口にした。


 大結界崩壊に伴う国際安全保障会議。


 名目は防衛だ。吊るし上げではない。

 もちろん、実態は吊るし上げに近い。世界は優しい顔で牙をむく。


 扉が2回、短く鳴った。


「入れ」


 入ってきたのは国王アレクシス陛下だった。寝間着ではなく執務服。つまり、眠れていない。

 陛下は机の端に視線を落とし、招請状の題名を読んで、鼻で息を吐いた。


「ずいぶんと硬いな」


「硬くないと、割れます。今の大陸は」


 陛下は短く笑った。笑いの形をしているだけで、目は笑っていない。


「アストリアは受けるか」


「逃げ道を塞げば、受けざるを得ません。拒否すれば、各国は救援の義務も理由も失う。国王レオン殿は、そこまで愚かではないでしょう」


 陛下は椅子に腰を下ろし、私の手元を見た。


「文面に、アリア・レインの名は出すな。あの子を餌にするな」


「承知しています」


 ただし、出さなくても全員が知る。

 今や大陸で結界を語るなら、避けて通れない名だ。


 扉がまた鳴り、今度は黒いローブの男が現れた。

 セイジュ・アルバート。宮廷魔導師団長。私の胃に優しくない男。


「警備配置を更新した。招請状の発送に合わせて、会議都市周辺の結界も先に押さえる」


「相変わらず早いな」


 私が言うと、セイジュは淡々と頷いた。


「遅いと、刺される」


 その言い方だと、比喩ではなく本当に刺される。

 陛下も同じ感想だったらしく、眉をひそめた。


「アリアは」


「研究塔にいる。今は寝かせている」


 セイジュの声が、ほんの少しだけ低くなる。

 あの男の中で、アリアに関する感情だけは理屈より先に動く。分かりやすい欠点で、そして分かりやすい強さだ。


「彼女の条件……アストリアの土を踏まない件、文書化は済んだのか」


 陛下が問うと、私は頷いた。


「国際会議の議題に組み込みます。救援は、会議の合意と引き換え。アリア殿は技術顧問としてのみ参加。立場を曖昧にしない。曖昧にすると、必ず誰かが彼女を所有物に戻そうとします」


 私はペン先を紙に落とした。


 宛名は北方小国連合、南方海商国家、そして中立都市レオニア議会。

 言葉は刃だ。切れ味を調整しないと、こちらの指が落ちる。


 私はまず北方へ向けて書いた。


 大結界の崩壊は、瘴気の波として山脈を越え、あなた方の国境を直撃する可能性が高い。

 よって参加はあなた方自身の生存のためである。


 冷たい。だが嘘はない。


 次に南方へ。


 交易路の安全は海だけでは成立しない。陸が崩れれば、港は飢える。

 あなた方の商隊が求めるのは、感情ではなく安定だろう。


 そしてレオニアへ。


 中立都市として、学術都市として、世界の知を集める責務を果たしてほしい。

 議長席を守るのがあなた方の誇りなら、今こそ出番だ。


 私が書き終えると、セイジュが小さく顎を引いた。


「これで、集まる」


「集めるんだよ」


 言い返した瞬間、背後の気配が増えた。

 柔らかな足音。香り。研究塔の紙とインクの匂いが混じる。


「ユリウス様。起きてしまいましたか」


 アリア・レインが、扉の隙間から顔を覗かせた。薄い上着に髪はゆるく結われ、目の下にうっすら影がある。

 寝かせていると言った男が、視線を逸らした。なるほど。


「起こしたのは私のせいではない。君のせいだ、セイジュ」


「……音を立てていない」


「存在がうるさい」


 アリアが小さく笑い、セイジュが無言で敗北する。そういう夫婦未満の空気だ。


 陛下が咳払いをした。


「アリア、無理はするな」


「大丈夫です、陛下。……それより、招請状ですか」


 アリアは机の上を見て、すぐ理解した顔をした。


「国際会議。私の条件を、世界の条件に変えるための場所」


「その通りだ」


 私は彼女を見た。彼女は私を見返す。目が落ち着いている。

 この状況で落ち着ける女は、信用できる。たぶん、人間としてはあまり健康ではない。


「アリア殿。会議で、あなたは技術者として話す。政治の殴り合いは私がやる。セイジュ殿は盾だ。あなたが気にするのは、結界の寿命と、救える範囲だけでいい」


 アリアは短く頷いた。


「救える範囲を、曖昧にしない。……そこが1番、嫌われますよね」


「嫌われ役は、宰相の嗜みだ」


 私が言うと、アリアがまた小さく笑った。

 セイジュはその笑いに反応して、アリアの肩にそっと手を置く。触れ方が不器用で、やたらと慎重だ。


「……約束を守れ」


 セイジュが言った。


「守ります。私はアストリアに戻らない。土も踏まない。だから、あなたも勝手に燃え尽きないでください」


 アリアが淡々と返すと、セイジュは言葉を失った。

 魔物には勝てるが、恋人には弱い。大陸の不思議である。


 私は咳払いで空気を戻した。


「では、返信が来た順に処理する。明朝、通信室を押さえておけ」


 翌日、私の机は紙ではなく、魔導具の光で埋まった。


 まず北方からだ。

 山脈に張り付くような小国の代表が、映像水晶の中で腕を組んでいた。


「ガルディア宰相。招集は理解した。だが、条件を言え。アストリアの尻拭いに兵を出すほど、我々は裕福ではない」


「出さなくていい。欲しいのは合意だ。結界の国際管理と、観測網の共有。兵は、必要になった時にだけ出せ」


 男の目が細くなる。


「……ガルディアは、結界技術を握るつもりか」


「握らない。握ると、また同じ失敗を繰り返す。特定の家と特定の国に依存した結果が、今のアストリアだ」


 私が言うと、男は少しだけ口角を上げた。


「いい答えだ。参加する。アストリアには、遠慮なく石を投げさせてもらう」


「石は会議場の中で投げろ。外で投げると戦争になる」


 次は南方。

 海商国家の代表は、にこやかな顔で来た。笑顔ほど信用できないものはない。


「宰相殿。会議の開催、誠に結構。ですが我々は商人です。参加の見返りは」


「安定だ。港に届く麦と、病を運ぶ瘴気を減らすこと。それ以上の見返りが欲しいなら、アストリアに請求しろ」


「王国に請求書を送れと」


「送ればいい。今のアストリアは断れない」


 代表は楽しそうに笑った。


「さすがガルディア。では、参加。護衛船も出しましょう。念のため」


「ありがとう。ただし、会議都市は中立だ。武装の程度は議長に従え」


 最後はレオニア。

 水晶の中に現れたのは、白髪の老人だった。学者らしい細い指で、議長章を弄ぶ癖がある。


「グランデ宰相。招請状、確かに受け取った。……ついにこの日が来たか」


 老人は、遠い目をした。

 結界研究者の集まる都市が、世界の裁判所になる日。学術の名を借りた現実の場だ。


「議長。都市の中立を守るため、我々も協力する。だが会議の議題は、剣呑だ。アストリアは血を流すかもしれん」


「流れるのは血ではなく、面子です。流してもらいます。血を流すより、安い」


 老人は小さく笑った。


「なるほど。君らしい。会議場は用意しよう。日程は……7日後に設定する。各国に通達する」


 7日。

 短い。だが結界のひびは、こちらの都合で待ってくれない。


「助かる。議長、1つだけ。会議場の結界は、こちらが補強していいか」


「好きにしろ。どうせ君らがやらねば、誰かが壊す」


 老人はそう言って、水晶の光から消えた。


 私は椅子の背にもたれ、息を吐いた。

 大陸が、こちらを見ている。見られる側はいつだって疲れる。


 机の端で、アリアが静かにメモを取っていた。セイジュはその背後に立ち、目だけで周囲を警戒している。

 この2人が並ぶと、政治の汚れが少しだけ薄まる気がする。錯覚でもいい。宰相の心は乾きやすい。


「ユリウス様」


 アリアが顔を上げた。


「7日後、ですね。間に合いますか」


「間に合わせる。間に合わないなら、間に合わせる方法を作る。君がいつもやっているだろう」


 アリアは苦笑した。


「私の悪い癖を、政治に持ち込まないでください」


「いい癖でもある。君の悪い癖が、世界を救うなら安いものだ」


 セイジュが低い声で言った。


「安くない。命を値切るな」


 アリアが横目で見上げる。


「値切ってません。守ってます」


 言葉が短いのに、間に熱がある。

 私はその間に割り込まない。宰相には空気を読む権利がある。時々だけ。


 私は立ち上がり、窓の外を見た。

 夜の王城は静かだ。けれど静けさの向こうで、世界が動き始めている。


「会議が始まれば、誰も逃げられない。アストリアも、我々も」


 私が言うと、陛下が低く答えた。


「逃げるための会議ではない。守るための会議だ」


「ええ。守るために、まず責任を言葉にする」


 私は机の招請状を束ね、封蝋を落とした。


 赤い封蝋が冷えて固まる。

 その音が、どこかで結界の鎖が軋む音に似ていて、私は笑いそうになった。


 世界はいつも、皮肉でできている。


 そしてその皮肉を、今回はこちらの武器にする。


 7日後、レオニアで。

 私は自分に言い聞かせるように、最後の文を心の中で結んだ。


 ようこそ、国際会議へ。

 逃げ場のない場所へ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

国際会議が動き出し、責任と救済の綱引きがいよいよ本格化します。アリアの「条件」が世界の「常識」になるのか――そしてセイジュの独占欲が、次にどんな形で彼女を守るのか。次話は会議前夜の火種を一気に拾います。

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