表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第10章 不要と捨てた魔導師に頭を下げに来る元婚約者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/98

第72話 条件付きの救い

 会議室の空気は、まだ膝の痛みを引きずっていた。

 いいえ、痛いのは床じゃない。今ここにいる全員の、立場のほうだ。


 レオン様は顔を上げたまま、何も言わない。

 隣のリリアナ様は、手をぎゅっと握りしめている。

 父は背筋を伸ばし、セイジュはいつも通り、静かに私の背後に立っていた。

 ユリウス様だけが、書類の束を軽く叩いて、さっさと次に進めと言わんばかりの顔をしている。


「では、提案の中身を話します」


 私は机の上に地図を広げた。

 アストリア全土を覆う大結界。その上に、ガルディアの観測網で拾った数値を重ねる。

 瘴気の濃い場所は濃い灰色。結界の歪みは赤い線。

 そして、いちばん嫌なところだけが、黒い裂け目の形で点滅していた。


「結界のひびは、すでに目で見える段階です。原因は単純で、寿命切れ。補修では追いつきません」

「……直せないのか」

 レオン様が、掠れた声で言った。


「直す、という言い方が良くないです。古い仕組みのまま延命しても、次は別の場所が裂けます」

 私は指先で、地図の北をなぞった。

「壊れ方が、もう国境戦の規模じゃない。大陸全体の安全保障の話です」


 沈黙が落ちる。

 この沈黙は、怒りでも、哀れみでもない。現実を飲み込む音だ。


「だから国際会議を開きます」

 私ははっきり言った。

「中立都市レオニアで。各国の代表と、結界の専門家を集めます。議題は、大結界システムそのもの。アストリアだけの問題として扱わせません」


 ユリウス様が、すぐに食いついた。

「名目は?」

「大結界崩壊に伴う国際安全保障会議。結界が落ちれば、瘴気と魔物の動きは国境を選びませんから」

 私は頷く。

「そこで合意が得られた条件に従うなら、私は救援に動きます。救うのは、王家の面子じゃなく、生活圏です」


「条件、とは具体的に?」

 父が問いかける。父は父で、政治の言葉に慣れている。


「最低限、3つです」

 私は指を立てた。

「1つ目。アストリアは、結界の現状データを隠さず提出すること。都合のいい数字だけ出すなら、議論が腐ります」

「……分かった」

 レオン様が苦い顔で頷く。


「2つ目。会議で決まった改修案を受け入れること。場合によっては、結界運用の枠組みそのものを組み替えます」

 リリアナ様が震える声で言った。

「それって、他国の助けを受け入れる、ということですよね」

「そうです。恥より命が重い」

 私は言い切ってから、少しだけ声を和らげた。

「リリアナ様。あなたが今、そうやって声を出せるのは良いことです。だから、潰されないでください」


 リリアナ様は目を丸くして、ゆっくり頷いた。

 たぶん今まで、私に真正面から言葉をもらったことがないのだろう。私も同じだけど。


「3つ目。会議の場で、責任の所在を明確にすること」

 ここだけは、少し冷たくなる。

「誰が決め、誰が止めず、誰が現場を疲弊させたか。そこを曖昧にしたままでは、次の犠牲が出ます」


 レオン様の喉が動いた。

 飲み込んだのだろう。プライドか、涙か。


 ユリウス様がペンを回しながら言う。

「つまり、公開の場で吊るされる覚悟が必要、と」

「必要です」

「アストリア側は耐えられるか?」

 ユリウス様の目線が、レオン様に刺さった。


 レオン様は、ゆっくり息を吸い、吐いた。

「耐える。俺が王太子として、国王の代理として出る。どんな非難を受けようとも、受け入れる」

 その言葉は、震えていたけれど、逃げる震えじゃなかった。


 セイジュが低く言う。

「その覚悟が本物なら、次に決めるのは速度だ。会議の開催まで、何日ある?」

「分かりません」

 私は正直に答えた。

「裂け目が広がる速度は場所によって違う。最悪の場合、会議を開く前に王都が穴だらけになる」


 父が目を閉じた。

「……だから、緊急対応も同時進行か」

「はい」

 私は次の紙を出した。

 大結界の外側に、もう1枚、薄い殻をかぶせる案。

 ガルディア式の瞬発力と、アストリア式の基底陣を、一瞬だけ繋いで起動する。


「空から投げ込みます。地面の式と、短時間だけリンクさせる。現地に降りなくても可能です」

「そんなことができるのか」

 王宮魔導師長が、思わず声を上げた。罪悪感が張り付いた顔のまま。


「できます。理屈は単純で、やるのが面倒なだけです」

 私は淡々と言い、図を指でなぞる。

「基底陣はアストリアの土地に刻まれている。そこに新しい外殻の式を合わせて、魔力の流れを外から上書きする。内側の運用は、あなた方がやる。私は骨組みだけ渡します」


 説明しているのに、私の喉だけが少し乾いた。

 それが、技術の話だけじゃないと分かっているから。


 ユリウス様が、わざとらしく咳をした。

「個人的条件、というやつかな。アリア嬢」


 私は一呼吸置いた。

「はい。1つだけ、個人的な条件があります」


 全員の視線が集まる。

 セイジュだけが、視線ではなく気配で、背中を支えた。


「私は、アストリアの土を踏まないまま救援を行います」

 言い切った瞬間、部屋の温度がわずかに下がった気がした。


 リリアナ様が、唇を噛む。

 父が目を伏せる。

 ユリウス様は、やっぱりね、という顔でペンを走らせる。


 レオン様だけが、しばらく動けなかった。


「……それは、俺への罰か」

「罰ではありません」

 私は首を振る。

「線引きです。私はもう、アストリアの臣下ではない。救援は、私情ではなく、国際合意に基づく技術支援です」


 そして、もう1つ。理屈の顔をして言葉を足す。

「それに、私がアストリアの土を踏むと、古い契約術式が反応する可能性があります。昔の結界は、レイン家の血と土地を前提に組まれている。余計な縛りは増やしたくない」

 本音を言えば、縛りなんて呪いみたいなものだ。二度と首輪を付け直す気はない。


 セイジュが短く言った。

「アリアの安全は、こちらが担保する。余計な条件交渉は要らない」

 短い言葉なのに、部屋の反論を全部押し潰した。


 レオン様は、拳を握って、それでも言った。

「どんな非難を受けようとも、受け入れる。会議の場で、俺が言う」

 そして、視線を上げた。

「頼む。国を……国民を、見捨てないでくれ」


 その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。

 王としての言葉になっている。遅いけれど、ゼロよりは良い。


「では、次はガルディア王城で、正式に決めましょう」

 私は立ち上がった。

「会議の招集、代表団の編成、そしてアストリア側の署名。そこまで整えば、私は動きます」


 移動の廊下で、ユリウス様が横に並んできた。

「招請状の文面は任せてくれ。君の言葉は刃が鋭いからね。外交文書には向かない」

「失礼ですね」

「褒めている」

 即答だった。腹立たしいくらい迷いがない。


 セイジュが私の歩幅に合わせて言う。

「疲れているなら、今日はもう休め」

「まだ何もしていません」

「会議で人の心臓を刺した」

「刺していません」

「刺した」

 断言された。理不尽。


 王城の会議室では、アレクシス陛下が待っていた。

 私を見るなり、陛下は立ち上がって、軽く頭を下げる。


「アリア。君の提案は、ガルディアとして受ける価値がある」

「ありがとうございます。ですが、価値があるのはガルディアだけではありません」

 私はテーブルに、もう1枚の紙を置いた。

「招集する国の候補です。北方の小国群、南方の海商国家、そしてレオニア。議長にも根回しが必要です」


 陛下は頷き、ユリウス様に視線を送る。

「やれ」

「承知しました」

 ユリウス様は、もう準備していたらしい。怖い。


「会議までの護衛と、通信網の確保は?」

 陛下がセイジュに問う。

「私がやります」

 セイジュは即答した。

「会議場の結界も、アリアと組む。邪魔が入っても、破る」

 さらっと怖いことを言うのに、本人はまったく怖がらせる気がない。


 レオン様は、最後に署名用の紙を見つめ、ペンを取った。

 その手が震えているのが見える。

 震えながらでも、書くなら意味がある。


「……国際会議の場で、俺は俺の罪を認める」

「お願いします」

 私はそれだけ言った。


 会議が終わり、皆が立ち去り始めたとき。

 レオン様が、私に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。


「……あの時の俺の言葉を、今も守るのか」


 私は足を止めなかった。

 振り返れば、きっと昔の私が戻ってくる気がしたから。


「守りますよ」

 ただ、前を向いたまま答えた。

「だからこそ、あなたも守ってください。国民を」


 背後で、息を吸う音がした。

 返事はなかった。けれど、その沈黙だけで十分だった。


 私はセイジュの隣に並ぶ。

 彼が、いつもの無表情で、でも低い声だけを甘くする。


「無理はするな」

「分かっています」

「分かっていない顔だ」

「それは、あなたの主観です」

「主観で守る」


 短いやり取りで、私はようやく息ができた。

 世界の話をしても、私の居場所は、今ここにある。


 そして次は、世界を巻き込んで、終わらせる。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 ついに国際会議へ——結界の真実と、アストリアが隠してきた責任が公の場で試されます。招集状が飛ぶ前に、裂け目は待ってくれるのか。アリアとセイジュの連携も次話で一段深く。


 続きが気になったら、ブクマ&評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ